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第119話 まずいわ

 一件落着、といえば聞こえはいいが。


「まずいわ……」

「あれ、お口に合いませんでしたか?」

「あぁいえ! カイルさんの淹れた紅茶はおいしいです、とっても!」


 いつものようにアフタヌーンティーを楽しむはずが、セフィリアは悶々とした気分に襲われていた。

 というのも、2日前に起きた『あの事件』が原因。


(リュカオン殿下が不眠に悩まされることはなくなったみたいだけれど……まさか殿下が、和紗かずささんの生まれ変わりだったなんて)


 リュカオンの力の暴走にカイルとともに巻き込まれたセフィリアは、暴走の原因である夢の内容から、彼の正体を知った。

 リュカオンは、『前』の世界で花梨かりんのボディーガードをつとめていた女性、和紗が転生した存在だったのだ。


(そりゃあ、私と親しかったに心当たりがないはずよね。すばらしい思い込みだったわ!)


 女性から男性に転生するなど寝耳に水だが、まったくあり得ない話ではない。

 こうした経緯もあり、リュカオンは前世の記憶を取り戻した。つまり、セフィリアが花梨であり、カイルが七海ななみであることを認識している状態だ。

 だが、あれから2日がたとうとしているこの日、セフィリアは頭をかかえていた。


(完全に、避けられてる……これはまずい状況だわ!)


 そう。あの日から、リュカオンとまともに会話をしていないのだ。

 顔を合わせた際にあいさつは交わすものの、それだけだ。

 それとなくセフィリアがお茶に誘っても、「せっかくですが、やるべきことがございますので」と断られてしまう。


 では、やるべきこととはなんなのか?

 カイルにたのんでリュカオンの様子を報告してもらったところ、どうやらリュカオンは、連日レイのもとへ行っているらしい。


「そうですよね……考えてみれば、当然のことでした」

「お嬢さま?」


 和紗には想いびとがいたと、カイルも話していた。おそらく星夜せいやのことだろう。

 レイが星夜の生まれ変わりであることを、リュカオンは気づいているのか。正直なところ詳細は不明だが、こうも熱心に通っているなら『そういうこと』なのかもしれない。


 現在レイとリュカオンは同性であり、ルミエ王国の法律で男性どうしの結婚は認められていない。

 そうだとしても、『もしも』の場合を考えて、セフィリアは気が気でない。 


「性別の壁なんて、恋心を前にしたらささいなことですよね……きっと私は邪魔者なんだわ」

「あぁ、なんか変な方向にこじれてるな、これは」

「え?」


 なにやらカイルが肩をすくめていたが、ぼそりとつぶやいた内容までは聞こえず。


「あんまり心配しなくていいと思いますけどねぇ。むしろ危機感をおぼえるべきなのは、俺たちのほうなんですけど」

「えっと……それはどういうことですか?」

「もうすぐ嫌でもわかりますよ」

「またごまかしましたねー!」

「はいはい、ここにおいしいクッキーがありますよ、お嬢さま。糖分とりましょう、糖分」


 飄々とかわすカイルに、ふてくされるセフィリア。

 本当なら午後はレイがセフィリアの世話をするのだが、最近は王子殿下の相手をしているため、カイルが出てきている状況だ。


「もういいです。私が直接確認してきますっ!」


 焦れたセフィリアが席を立つと、ふとカイルが真顔になり。


「お嬢さま……」

「な、なんですか……」

「心の準備は、じゅうぶんにしておいてくださいよ」

「いったいなにが起きるっていうんですか……」


 絶妙に核心をつかないカイルのひとことに、セフィリアはどっと脱力。


「そりゃあ、セフィリアお嬢さまの度肝を抜くようなこと、ですかね」


 なにもかもを知ったようなカイルの発言は気になるものの、行動を起こさないことにははじまらない。


(殿下が……和紗さんがなにを考えているのか、たしかめないと!)


 奮起したセフィリアは、胸にまとわりつくモヤモヤを解消すべく、庭園をあとにするのだった。

 カイルの懸念どおり、とんでもない事態に巻き込まれることになるとは知らずに。



  *  *  *



「──それであるじ。どうしてワタシたちはコソコソしているのだ?」

「しっ! 気づかれちゃいます、わたあめちゃん」


 魂の痕跡をたどることができるわたあめにたのめば、レイをさがすことはそう難しくはない。

 そういうわけで、セフィリアはアーレン公爵家がかかえる騎士団の訓練場へやってきていた。

 これまでもレイは仕事のあいまを見て顔を出していたらしい。そしてカイル同様、団員に剣の稽古をつけてもらっていたのだとか。

 もっとも、レイは天才的な剣の才能を持つ星藍シンランの生まれ変わりである。

 訓練場に阿鼻叫喚がひびきわたり、「兄弟そろって化け物が……」とボヤくジェイドを見かけるようになったのは、セフィリアも記憶に新しい。


「──どうして、わたしの話を聞いてくださらないんですか?」


 そんな場所に、いた。ひとけのない訓練場の裏に、ふたり。レイとリュカオンのすがただ。


「何度も言うようだが、きみが王子だから。それ以上でもそれ以下でもない」


 詰め寄るリュカオンに、レイは淡々と返す。

 セフィリアは思わず、しげみに身を隠した。


「こんなにも、想っているのです……たいせつな存在を守るために、わたしは無力なわたしのままでいるわけにはいかない」

「きみの気持ちはわかる。だが、俺の一存でどうこうしていい話じゃない」


 状況はひと目見るだけでわかる、緊迫したものだ。


(あぁ、やっぱりね……)


 リュカオンがあれほど切実な感情をあらわにしたすがたを、セフィリアも見たことがない。


(やっぱり、いまでも彼のことを想って……)


 リュカオンがだれを想っていても、セフィリアに口出しをする権利はないはずだ。

 そうと頭ではわかっていても、ズキリと胸が痛むのをおさえられない。


「考え直してください」

「俺の考えは変わらない」

「レイ、わたしはあなただから──!」


 背を向けるレイの腕を、リュカオンがつかむ。

 それを目にしたら、もうがまんの限界だった。

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