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第127話 手加減はしませんよ

「きみの部屋のほうから、妙な気配がしてな。様子を見にきて正解だった」


 レイは並外れた五感を持つ。そのためにいち早く異変を察し、駆けつけたのだ。


「俺にまかせて、きみは下がっていてくれ。わたあめ、リアをたのむ」

「無理はするでないぞ」


 レイはすぐにセフィリアを背にかばうと、わたあめと立ち代わりに前へ出る。

 紅蓮の瞳に真正面から見据えられたクラヴィスは、ととのった顔をしかめた。


「またきみか……まさかとは思ったけれど、ここまで僕の邪魔をするのはやはりきみしかいないよね、星藍シンラン

「っ! リン師兄にいさま!」


 血相を変えたセフィリアが制止するものの、時すでに遅し。


「俺の名前はレイだ。と言いたいところだが……前にも……はじめて会ったときか、わたあめが俺のことをそう呼んでいたな……」

「もしかしてきみ、前世の記憶がないのかい?」

「前世の、記憶……?」


 呆けたようにくり返すレイ。

 その反応を受け、クラヴィスが笑みを浮かべた。可笑しくてたまらないというふうに。


「はは! そうか、そうなのか。かつてのきみであれば僕とも対等に闘えただろうに、その様子では本来の力を発揮できない、ただのぼうやだね」

「だから、さっきからなにを言って……」


 言い募ろうとしたレイは、一歩ふみ込んだところで異変に気づく。


「──いい加減、僕の邪魔はやめてもらおうか」


 右手をかかげたクラヴィスの指先に、シュルシュルと魔力が集束していた。


「くっ……!」


 反射的にかわそうとするレイだが、はっとしたように、その動きが止まる。


「レイ、避けて! レイ!」


 セフィリアの呼びかけもむなしく、クラヴィスの指先で形成された黒い光弾が、レイめがけ解き放たれた。


 ──ばりばりばりぃっ!


「ぐぁっ!」


 レイに直撃した光弾は、黒い稲妻となって少年のからだをかけ巡る。

 高圧電流の一撃を受けたレイは、どさりとひざからくずれ落ちた。


「レイ! どうして……!」

「へぇ……セフィリアをかばったか。まぁ、きみならそうするだろうと思ったよ」

「そんな……私がいたから、避けなかったの……?」


 クラヴィスはじぶんの命よりもセフィリアを優先するレイの行動を見越していた。はじめから、狙いはレイだったのだ。


「リア……きみが、気に病むことじゃない……」

「そのとおり。すべては力不足な彼の責任さ。彼が弱いのがいけない。きみが心を痛める必要はないんだよ、セフィリア」

「簡単にひとを傷つけるなんて……どうしてこんな酷いことができるの!?」


 こみ上げる怒りのまま、クラヴィスを睨みつけるセフィリア。すぐにレイのもとへ駆け寄ろうとするも、それは叶わない。


「待てあるじ! 近づいてはならぬ!」

「なっ……!」


 セフィリアは、信じられない光景を目の当たりにする。

 禍々しい漆黒の影をまとった鎖のようなものが、生きた蛇のようにレイのからだにまとわりつき、締めつけている光景だ。

 レイは巨大なバジリスクを投げ飛ばすほどの驚異的な身体能力がある。しかし、クラヴィスの魔法を力ずくで吹き飛ばすことができない。


「ぐ……うぅ、あぁあ……!」


 そのうちに、レイが苦悶の表情を浮かべ、うめき声をあげ始めた。尋常ではない苦しみ方だ。


(あの禍々しい魔法は、黒魔法……? まるで呪いのような…………呪い? まさか!)


 そこでようやく、セフィリアは思い出した。


「邪龍の呪い……!」


 ──嫉妬に狂った燐は、そのこころの隙を邪龍につけ込まれた。

 クラヴィスがこれほどまでに禍々しく強大な力を持つのは、転生してなお、邪龍の呪いに支配されているためなのだ。


「みじめなものだね。いまの気分はどうだい、星藍?」

「ぐぅ……!」


 苦しみ悶えるレイを見下ろすクラヴィスのまなざしは、冷えきったものだ。


「僕から彼女を奪った罪、その身をもって償え」

「もうやめて! 燐師兄さま!」


 セフィリアの悲鳴がひびき渡る。

 ぐったりと横たわるレイを、ふたたびクラヴィスの指先から放たれた邪悪な力が襲う。


 ──ぱぁあっ!


 そのときだった。まばゆい光が、セフィリアの視界を埋め尽くす。

 思わず目をつむった直後、パリィン、となにかが割れるような音を、セフィリアは耳にした。


「なにが、起きたの……?」


 こわごわとまぶたを押し上げたセフィリアは、エメラルドの瞳を見ひらく。

 それまですがたのなかった少年が、セフィリアのかたわらにたたずんでいたためだ。


「意外と、やればできるものですね」

「……リュカ!?」


 間違いない。リュカオンだ。彼は両手をかざした状態で、ちらりとセフィリアへほほ笑みかける。


「神聖力を使いこなすために、書庫に入り浸って調べていたんです。さすがは歴史あるアーレン公爵家の書庫ですね」

「それじゃあ……!」

「えぇ、成果は見てのとおりです。一か八かでしたが、間に合ったようでよかった」


 室内に蠢いていた邪悪な気配が、消え去っている。リュカオンの神聖力が、黒魔法を一掃したのだ。

 リュカオンはひとつ息を吐き出すと、厳しく細めたチョコレートオパールの瞳でクラヴィスを見据えた。


「あなたがうわさに聞く魔王陛下ですか。こんな夜遅くに女性の部屋に押しかけるだなんて、無礼きわまりないですね」

「退魔に特化した霊力……あぁ、それには見覚えがあるよ。やはりきみは消しておくべきだった」

「わたしをただの人間だからとあなどった、あなたの判断ミスです。同情の余地はありません。あとわたし、これでも相当怒っているので。あなたにたくさん借りがあるんです。手加減はしませんよ」


 リュカオンにしてはめずらしく、口早にまくし立てている。クラヴィスに対して激怒しているのは、たしかなようだ。


「きみの神聖力は、魔力とは相反するもの。僕ら魔族にとって天敵だ。けれど、使い方を覚えたてのお子さまひとりに、なにができるというんだい?」

「ひとりではない、と言ったら?」

「……なんだって?」


 嘲笑も毅然とはね返すリュカオンの堂々とした態度に、クラヴィスが違和感を覚えるころ。


「──よそ見してるヒマか?」


 突如現れた影が、クラヴィスの視界を覆う。

 にぎりしめた短剣のきっさきに、クラヴィスを捉えていた少年は。


「カイルさん!」


 ガキィンッ!


 短く舌打ちをもらしたクラヴィスが、魔法陣を展開。


「まだまだ行くぞ! ほらっ!」


 攻撃をはじき返されても、カイルはひるまない。クラヴィスのふところにもぐり込み、怒涛の勢いで斬撃をくり出している。


「きみは学習能力がないのか? 僕にやられたことを忘れたわけじゃないだろう?」


 辟易したようにクラヴィスが右手をかざし、迎撃態勢に入る。

 だがカイルが取り乱すことはない。にやりと、口角を上げるだけだ。


「あんたこそ、学習能力ないだろ。──同じ手は食らわない」


 次の瞬間、カイルに向けて放たれた魔力の塊は、カイルのはるか手前で跡形もなく霧散した。


「これはいったい……まさか!」

「そう、そのまさか」


 カイルが余裕の姿勢を崩さない理由、それは。


「わたしの神聖力ちからですよ」


 はじかれたようにクラヴィスが見やった先では、依然としてリュカオンが両手をかかげ、その周囲はまばゆい光に包まれている。

 そして同様の輝きを持つ光を、カイルは身にまとっているのだ。


「光の祝福……神聖力を他人に付与するとは、厄介な」


 これにはクラヴィスも、不快感を隠しきれない。


「ほら、おまえはここでじっとしてろ」

「……にい、さん」


 この隙にカイルが身動きの取れないレイの腕をさらい、セフィリアたちのもとへ連れてくる。


「大丈夫ですか、レイ!」

「悪い……しくじってしまった」

「そんなことはどうでもいいです!」

「そうだぞ。無事ならそれでよいのだ!」


 すぐにセフィリアが駆け寄り、レイを支える。

 わたあめもレイの無事に安堵し、ほほをすり寄せていた。


「よし、俺がパパッと片付けてやるから、このふわぁっとした光みたいなやつ、もっとよこしな!」

「あなた何様ですか? わたしのおかげで無傷でいられるんですから、感謝くらいしたらどうです」

「もう……ふたりとも」


 この状況でも、いつもと変わらないカイルとリュカオンの口論を見せつけられ、セフィリアは思わず笑ってしまった。

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