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第135話 強くなりたいんです

「私は……このままでいいのでしょうか?」


 セフィリアの問いかけに、レイとカイルは答えない。

 これは独白だ。セフィリアが胸に秘めていた感情のひとかけら。だからふたりは、黙ってセフィリアの言葉に耳を傾ける。


「レイも、カイルさんも、リュカも……みんなたくましく、すてきな男性になっていくのに、私自身はなにも変わらない気がして」


 9年も年月がたてば、変わることはある。

 しかし外見が大人になっただけで、自分の本質はなにも変わっていないのではないか。近頃のセフィリアはそう思えてならなかった。


「そもそも邪龍を倒すためとはいえ、みなさんに曖昧な態度を取っていることが、気にかかってしまって……」

「つまりきみは、俺たちに愛されるばかりの日々に、疑問を感じている。そういうことだな?」

「……はい」


 セフィリアは本来、レイと想いを交わしている。

 その上で、邪龍への対抗手段として、カイルやリュカオンとも婚姻という名の誓約魔法を交わしている。

 それこそ、セフィリアがずっと気にかかっていたこと。


「俺たちが守るから、お嬢さまはなにも心配しなくていいんですからね……っていうのは、ちょっと違ったみたいですね」


 カイルが苦笑まじりにセフィリアの頭をひとなでする。


「むかしから籠の中の鳥、愛でられるだけの花のままではいようとしなかったもんな、きみは」


 カイルが気づいていたように、レイもセフィリアが本当に望んでいることを汲み取っていた。


「きみ自身の手で邪龍を倒したいと。そういうことなんだろう? リア」

「はい。私はみんなに頼るばかりではなく、私自身も強くなりたいんです」


 そうと口にしたとき、セフィリアの胸にすとんと落ちるものがあった。


(そう、私だってたいせつなひとたちを守れるように、強くなりたかったんだわ)


 胸の奥に押し込められていた本当の気持ち。それを、セフィリアもようやく見つけ出すことができた。


「大丈夫だ。きみはきみの望むようにすればいい」

「レイ……」


 みなまで言わずとも、レイはセフィリアの心情を理解していた。

 むかしからそうだ。「星を観に行こう」と誘ってくれたときからずっと、彼は手を引き、導いてくれる。

 じんわりとぬくもりが胸に広がるのをセフィリアが感じていると、頭上でひとつ嘆息がこぼれた。


「わかりました。お嬢さまの好きにやってもらってかまいません。その代わり、あなたを愛する気持ちだけは、否定しないでくださいね?」


 すこしスネたようなカイルの物言いがなんだかおかしくて、セフィリアは笑ってしまう。


「ふふ……ありがとうございます、カイルさん……っん」


 言葉の終わりを待たず、焦れたように唇を重ねられる。


「ん……んっ」


 何度かついばまれたのち、カイルの吐息が移動し、セフィリアの左の首すじにちくりとした感触がある。


「マーキングは、しておかないとね」


 カイルは熱をおびたかすれ声でささやき、からだを離す。

 すると今度はレイがセフィリアへ覆いかぶさってきた。


「兄さんだけずるいからな」


 と何食わぬ顔で言ってのけたレイは、噛みつくようにセフィリアの唇を奪う。


「んっ、ふ……レイ……んんっ」


 間髪をいれず口内にぬるりとした舌が侵入し、セフィリアはあっという間に前後不覚にさせられてしまう。


「リア、愛してる」

「ひゃあっ」


 カイルとは反対側、右の首すじに鋭い牙をやわく突き立てられ、セフィリアは悲鳴をあげた。


「とりあえず、お嬢さま、また悪夢を見ないように、今夜は俺たちが寝かしつけてさしあげましょうか」

「そうだな。激しい運動でもすれば、ぐっすり眠れるかもしれない」

「えっと……カイルさん、レイ……えっ?」


 なにを言われたのか、セフィリアはすぐに理解できない。理解したら終わりなのかもしれない。


「『愛の力は世界を救う』ってやつかな」

「えぇえっ!」


 大真面目にそんなことを言ってのけたレイはともかく。

 この後セフィリアの身になにが起きたかは、彼女のみぞ知る。

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