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冥府魔道 ④

 「……」


 「何か言え、ラグリゥス。言わぬなら、今直ぐに部隊の全員をこの場に集めろ。時間が惜しい」


 「……全員!! 現在の行動を中止し、我等が英雄の前に並べ!!」


 テントの内より大剣の紋章を刻んだ奴隷部隊の全戦奴が飛び出し、アインの前に並び立つ。その瞳に殺意と憤怒を宿した戦奴達は、歪んだ希望を胸に英雄と呼び称える剣士の瞳を見つめる。


 「……貴様等は、俺に自らの命を捧げているのか?」


 アインの問いに答える者は居ない。


 「沈黙は肯定と受け取る。だが、勘違いするな。俺は貴様等の命など求めていない。他者の思いを受け入れないし、意思を捧げられたくも無い。俺は、俺という個人であって貴様等などでは無い」


 戦奴一人一人の顔を眺め、淡々とした口調で話すアインの瞳は仄暗い闇と鮮烈な真紅を帯び、言葉は静かながら深い殺意を宿す。


 「貴様等は貴様等で、俺は俺。ラグリゥスのように皆を纏め上げ、統制を取ることも出来ないし、他人の感情を読み取りながら言葉を放つ事も出来ない。カラロンドゥのように優れた魔法的才能も無ければ、天才的な魔導技術も持ち得ない。俺に出来ることは誰よりも人を殺し、内で燃える激情を絶やさないだけだ」


 世界を殺す。生命を殺す。他者を殺す。殺したいから剣を振り、温もりを知りたいから血肉を浴び続けて来た。己に存在するのは殺意、憎悪、憤怒、ただそれだけ。優しさや、哀れみを知らぬ剣は何よりも強く、鋭かった。


 「皆違って、皆良い。聞くだけなら耳障りの良い言葉だろう。だが、違う部分だけを取り上げ、良いと評するには他者よりも優れた部分を見つけなければならない。俺の意思に触れ、俺と同じような希望を宿す貴様等に何の違いがある? 貴様等には自分だけの生があった筈だ、自分だけの意思があった筈だ。……甘えるなよ、阿呆共」


 生きている者は自分自身の意思を宿し、己だけの意思を抱け。皆と同じように生きるな。皆と違った生を掴み取れ。皆という蒙昧な大衆に惑わされるな。他の誰かに触発され、自分自身の生を否定する甘さを捨てろ。


 「生きているならば己が意思で希望を成せ、生きていたいと願うならば己が誓いを抱き剣を取れ。俺は自分の為に剣を振るい、敵を殺す。貴様等も自分の為に何かを成せ。戦って、殺して、倒れ、死する瞬間に俺を見ろ。その時、俺は貴様等の死を背負って戦い続けてやる」


 己は温もりを知らない。人との接し方が分からない。常に剣を振り、戦場を駆けて来た。故に、人として生き、死にたいという意思が在るならば己とは違う意思を抱き、確固たる己を見つけろ。自分すら見つけられず、戦場に生を見出したならば戦い続ける覚悟を持て。


 アインは血錆を纏う漆黒の大剣を掲げ「英雄? 王? そんなものは他人が抱いた印象と認識に過ぎん。どんな呼び名であろうと、どれだけの地位があろうと、結局は人だ。人である故に死に、生にしがみ付く。初めから生きたくも無いし、死にたくも無い俺は英雄や王と呼ばれる者では無い。俺は、俺だ」と静かに言った。


 「……アイン殿」


 「何だ、ラグリゥス」


 「我々は貴方を英雄と定め、王と呼んでいました」


 「そうか」


 「だが、貴方は自分自身を既に見つけ出し、確固たる己として在ろうとする。我々に、貴方のような強さは無い」


 「強くないだと? ラグリゥスよ、貴様は俺と同じ土俵に立つつもりでいるのか?  貴様は貴様であるが故に、ラグリゥスという己を認識しろ。貴様と俺では剣を振るう戦場が違うのだ」


 「……」


 「殺戮者と統率者、俺は前者で貴様は後者だ。統率者の戦場は机上と民衆であり、俺の戦場は生と死が入り乱れる混沌とした戦場だろう。貴様はより良い策を練り、部隊の生命を預かる立場にある。俺は自分勝手に剣を振るい、血肉を浴びたいという我が儘を押し通すだけ。ラグリゥス、もし貴様が自分自身の希望を持ち、意思を抱いたならば犠牲の上に立つ栄光を踏み躙れ。弱者を恐れず、強者を殺せ」


 剣を背負い直したアインは、カラロンドゥへ視線を向ける。


 「カラロンドゥ、木偶の用意をしろ」


 「何故かね?」


 「木偶はただの弾除けに過ぎん。俺が突っ込み、要塞の主を見つけ出すまでの時間稼ぎだけでいい」


 「了解したがね、木偶の運用は一体全体どうするつもりだい?」


 「部隊員に魔法の素質を持つ者が居た筈だ。その者にやらせよ。ラグリゥス、作戦地図を見ろ。策をもう一度練り直す。我が部隊の戦奴よ、魔法を扱える者はカラロンドゥに付け。他はラグリゥスの指示があるまで装備の整備点検、大砲とバリスタの調整をしろ」


 アインとラグリゥスは作戦地図を眺め、魔導の塔と自陣の距離を測り始める。


 「……アイン殿」


 「何だ」


 「何故、我々に命を捧げさせてくれないのですか」


 「阿呆が。貴様は間抜けか? 他者の為に命を捧げるなど愚人のすることだ。生きたいと思い、願うならば。戦って、戦場を駆け、命の炎が潰えた瞬間に死ね。それが人だ」


 「人……ですか」


 「嘆き、悲しみ、慟哭する。奴隷部隊の戦奴は悲嘆と哀惜に濡れている。だが、どんな感情であっても、何かを感じることが出来るのも人。人で在るならば、人で在ろうとするならば、死を前提とした策を講ずるな。生きる為に牙を研ぎ、進む為に剣を取れ。ラグリゥス、貴様にはその能力がある」


 戦うことは生きる事。生きる事は進み続ける事。犠牲と屍の上に立つ御旗は脆く、崩れやすい。生者で支えられた御旗こそが真の栄光である。


 奴隷部隊は仲間の屍を踏み越え、数多の犠牲の上で成り立つ朽ちかけた剣。その足は疲労に喘ぎ、腕は痛みを訴え震えている。死にかけの戦士でありながら、尚も力強く闘争の意思を見せる姿は、アインの姿と似て非なるもの。だが、部隊の戦奴は彼のように強くも無ければ、簡単に死ぬ脆弱な存在なのだ。


 アインという剣士は自分が率いる戦奴が何人死んだところで気にも留めない。彼は己の凶刃を振るい、死と血肉を求める狂戦士であり、徹底した個人主義者なのだから。他者が死んでも意に返さず、己が傷つき血を流そうともそれが生きている証だと言うばかりに更に戦闘欲求を過熱させる殺戮者。彼の前ではどんな生命も、人も、同じ存在なのだ。


 故に、と。ラグリゥスは己が脆弱な戦奴の一人、奴隷部隊の副隊長の一人として決断する。弱き者、強き者、他者がどんな存在であっても己の手が届く範囲ならば人として生かし続けようと、決意する。


 泥に塗れていても、血に濡れていても、傷付き今にも倒れそうになっても、生きている限り道は続く。死者によって打ち立てられた栄光は仮初に過ぎず、真に目指すは生者の手によって支えられる栄光の御旗である。その道がどんなに困難で険しい道のりであったとしても、必ず達成できると信じよう。栄光は、を生きる者によって果たされるべきなのだ。


 「……」


 「策は講じられたか? ラグリゥス」


 「アイン殿」


 「何だ」


 「私はこれより貴方様を一人の強力な駒として扱います。宜しいですか?」


 「勝手にしろ」


 「ならば策はあります。魔導の塔を攻略する札は、我等の手に在りましょう」


 そう勝利と栄光は、生きたいと願う意思ある者の手に存在するのだ。

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