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冥府魔道 ⑤

 「話してみろ、ラグリゥス」


 「……魔導の塔の飛行型対人兵装は脅威を排除する為に存在しております。地面を進み、死者によって作られた砂漠を横断する兵は砂に足を取られ、撃滅させられる。故に、帝国の人海戦術を用いた作戦は目標に餌を与えたのみならず、魔力をも与えてしまい壊滅させられました」


 自陣である森林地帯と魔導の塔の支配領域である砂漠地帯は明確に分けられている。一本の線を引ける程に色分けされた緑と黄の陣営色を指差したラグリゥスは、自陣と敵陣の境界線をなぞり複数の大砲と弓兵を模した駒を並べる。


 「我々奴隷部隊に長期戦は向きません。強力な駒は隊長であるアイン殿のみ。他は木っ端を寄せ集めた戦奴達。幾つもの戦場を渡り歩き、死地を越えたとしても我々は捨て鉢であり、練度不足の部隊であるのです。故に、この作戦の要は黒い剣士アイン殿、貴方です」


 「……」


 「戦闘甲冑の性能はカラロンドゥから聞き及んでいます。甲冑は大剣の紋章を刻んだ者の意思と魂を力とし、貴方の激情を糧とする。アイン殿は常在戦場を胸に己の激情を絶やさない剣士。奴隷部隊の隊長にして、最大戦力といっても過言ではないでしょう」


 剣の駒が一つ砂漠地帯に押し出され、それがアイン自身であると剣士は理解する。


 「飛行型対人兵装は魔導の塔の支配領域に進行してきた者だけを殺戮する独立兵器です。装甲は魔導鋼に覆われおり、魔力を用いた術や兵器は無力。ですが、物理的な攻撃手段を用いれば魔導鋼は破壊出来ます」


 「その為の大砲と弓矢か?」


 「はい。大砲を十門、爆薬を用いた弓兵を二十、この兵器の運用に動員する戦奴は五十人。そして、アイン殿が先程カラロンドゥに指示した木偶を操る術師を二十人。総勢八十人の戦奴を後方要員として配置し、魔導の塔へ斬り込む貴方を援護します」


 「残りの二十人は何をする」


 「補給、修理、治療要員です。前線で的になる木偶は破壊されても代わりは幾らでも製造できます。ですが、現場を動かす者の命に代わりは存在しない。負傷兵の運搬、爆薬の補給、破損した大砲の修理……。最後方の者は職人と癒し手を配置します。その他の戦奴は予備人員として数えます」


 頭の中で組み立てた策を口にするラグリゥスは駒を用いて分かりやすくアインに話す。


 戦術を用いての後方支援はラグリゥスが奴隷に堕ちた時に開花した才能である。元々亡国の騎士であった彼は軍事行動の心得があり、戦術の才に気付く前に祖国は戦火で焼かれ、生き残った彼は帝国の奴隷として捕らわれた。


 ラグリゥスが戦奴として配属された頃の奴隷部隊は悲惨極まりない状態だった。栄養失調による免疫低下の病死、絶え間ない戦闘による過労、心身ともに疲れ果てた状態による判断力の低下……。


 一つ選択を間違えただけでその結果は死を招き、当時部隊を率いていた将校の愚策による戦死者は数えきれない程に膨れ上がる毎日。その中で、秘密裏に将校の策を練り直し、部隊の者が生き残れるような戦術を編み出すラグリゥスは騎士の才能よりも、戦術家或いは参謀の適性があったのだろう。


 奴隷部隊の苦境は彼等を率いていた愚将が帝国軍上層部へ配属され、アインが奴隷部隊を引き継いだ時に転機を迎えた。彼の圧倒的な戦闘能力と殺意に塗れた意思。その意思が部隊の全員に歪んだ希望を植え付け、鮮烈なる憎悪と憤怒が生きる意思を与えたのだ。


 ラグリゥスはアインに感謝の意を伝えずにはいられない。彼が人の感謝に興味を示さなかろうと、ただ自分の為に剣を振っていると言い張ろうと、ラグリゥスは部隊を代表して礼を尽くす。


 「アイン殿、貴方は砂上での戦闘経験はありますか?」


 「無い」


 「ならばカラロンドゥに適応魔法を掛けて貰いましょう。砂上では足が砂に取られ、大変動き辛くなります。動きが鈍れば兵装の攻撃を真面に受ける確率が上がり、木偶の囮があっても戦闘は困難を極めます」


 「……ラグリゥス、策の全貌を言え」


 「はい。木偶の囮はアイン殿が言ったように単なる弾除けです。貴方は全速力で砂漠を駆け抜け、魔導の塔に接近して下さい」


 「だが飛行型対人兵装はどうする」


 「あの兵装は帝国の調査報告書どうりなら、攻撃する際に停止します。数があろうと、木偶を攻撃した瞬間を狙い、大砲と爆薬矢で撃ち落とします。我々の事はお気になさらずに、アイン殿は魔導の塔へ向かい、塔の壁を斬り裂き内部へ侵攻して下さい。塔の主を討てば魔導機構が停止し、塔は沈黙する筈です」


 「作戦決行日は」


 「明朝、日が砂漠と空を照らし次第にも」


 「……分かった。ラグリゥスよ、貴様は策の準備を急げ。俺はもう少し魔導の塔を観察する」


 「了解しました。アイン殿」


 「何だ?」


 「お気をつけて」


 ああ、と。短く返事をしたアインは魔導の塔が見える森と砂漠の境界線へ向かう。その背を見送ったラグリゥスは、彼の戦い方と在り方を考察する。


 彼の剣士は血肉と死を求める狂戦士。その意思は殺意に塗れ、憎悪と憤怒は世界の摂理や法則を捻じ切り、願いや祈りを絶望を以て踏み躙る。


 生は始まりであり、死は終わり。ゼロは始まりと終わりを意味し、彼の剣士の名であるアインもゼロを意味する言葉である。生死を剣で司り、破滅的な力を振るう剣士は人の身では在り得ない力を振るう殺戮者。


 彼の大剣は血錆に塗れ、大剣の形をした鈍器へと変貌しており、その有り様からアインという剣士がどれだけの修羅場と戦場を渡ってきたか容易に想像がつく。想像できるから恐ろしいし、味方であれば誰よりも心強い。


 味方……。アインには味方という概念が存在しないことは知っている。敵軍を殺戮した後に、牙を向けた友軍も殺し尽くした姿は正に悪鬼羅刹の人外であり、殺す為に存在していると言ってもいい。彼の凶刃は常に平等に死を齎し、敵意や悪意を即座に見抜く凶剣。だが、裏を返せば牙や敵意を向けなければ無害なのだ。


 冥府魔道を地で往く男。戦いの先には戦いが存在し、彼の歩く道は常に剣と血肉で覆われている。孤独ゆえに強くなるしかなかった。人間性が喪失する自覚も無く、剣を振るい続ける人生。強くなり、より強靭な精神性を獲得した剣士は、全ての生命が無価値であり平等であると殺意の中で知ったのだ。


 故に、ラグリゥスはそんな孤独な剣士が一人の少女を求めた事に内心驚いた。白痴と称され、人の姿も言葉も解さない白銀の姫君にアインは一瞬で心を奪われた。戦奴という身分でありながら、王の娘に強い関心と興味を抱いたのだ。


 アインは苛烈な戦闘であっても弱音を吐かない剣士。自分から何かを要求することも無ければ、部隊の者にも強制的な命令を敷かない男。だが、彼は初めて自分から少女を手にしたいという欲求を吐き出した時、ラグリゥスは何としてでも彼から出た殺し以外の欲求を叶えたいと思ったのだ。


 「……アイン殿、私は必ずや貴方に白の君を授けたい。英雄への道のりと、王としての道を歩んで欲しいのだ」


 そう呟いたラグリゥスは作戦の準備を大急ぎで整え始めたのだった。



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