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魔なる英雄 ③

 鋼の巨人の剣は超圧的な魔力を纏い、破滅的な力を上空へ放出した。


 陽光は剣の極光に飲み込まれ、朝である筈なのに周囲は夜闇に覆われる。剣の光が陽光を喰らったのではない。強すぎる光が、人の瞳から光を一時的に奪い去ったのだ。


 人が創り出した魔導機構が織り成す鋼の集合体。塔を作り上げた狂人の執念と生命への憎悪を体現する巨人は、焔の単眼をアインへ向けると鮮烈なる殺意を以て剣を振り下ろす。


 回避は不可能と即座に判断したアインは脚を引き摺り、片腕で光の剣の一撃を受け止める。人が振るえる大剣と巨人が振り下ろした剣、質量の差は圧倒的であり、ほんの戯れ程度の力であろうとも剣士の脚は砂塵を巻き上げながら砂に深く沈み込む。


 「ガ―――アッ」


 巨人の一撃を受け止めた事により筋繊維が千切れ、光の剣が発する極光から体内の血液が沸騰する程の熱を浴びる。黒甲冑の装甲が焼けると同時に凍り、アインの剣が纏う血錆に亀裂が奔った。


 今のアインに戦闘開始程の激情は無い。彼自身が迷い、何故かと自分自身に問うている間にも剣士に宿る業火は陰りを見せ、甲冑が喰らう感情の量と反比例するように力の供給は衰えを見せていた。


 戦闘甲冑ノスラトゥは強力な甲冑だが、使い手の意思と感情に性能を左右される鎧だ。弱さと迷いを見せれば、ノスラトゥの中に宿る戦奴の亡霊が使用者の感情を貪り尽くし廃人へ帰す。血肉と死を求め、絶やさぬ激情を燃やすアインが装備する故に意味があり、自分でも分からない迷いを孕んだ彼ではノスラトゥを真に制御することは出来ない。


 甲冑の装甲が赤熱を帯びる程に灼けると同時に霜が降り、暴風によって巻き起こる砂塵はアインの視界を覆う。歯を食いしばり、必死の思いで巨人の剣と拮抗し続けるが、超質量の剣戟と高濃度の魔力汚染により遂に膝を着く。




 死にたいとも、生きたいとも、そんなことを一度も思った事が無かった。


 ただ自分の為だけに戦い続け、自分の居場所が戦場にしかないと血肉と死を以て思い知った。


 人外、英雄、殺戮者、黒い剣士……アイン。様々な異名や名で呼ばれようと、己は己であった。誰にも頼らず、縋らず、甘えず、ただ殺戮の荒野に立つ剣であればいいと思った。


 剣……。己は罅が奔った朽ちかけた剣だ。誰にも価値を見出されず、見出せず、屍の山に突き刺さった一本の剣。黒々とした太陽を背に、歪んだ希望と死の絶望を振り撒く悪だ。


 だから、剣であれば、錆び付き朽ちかけた剣であれば、手折れてしまってもいい。そうなるのが、運命であり定めだったのだ。もっと早くに死を迎える筈だったのに、何処でどう転んだか、今も生きている。


 己は、常人とかけ離れた感性を持つは、生まれ落ちてくる事さえ間違っていた。ずっと、ずぅっと前に、一人で野垂れ死んでしまえばよかった。





 爆薬の轟音が耳をつんざいた。砲弾の破片が視界の隅に転がり、焼け焦げた矢じりが圧し潰されそうになっていたアインの視界に留まる。


 何故今になっても砲撃を止めない? 何故爆薬矢の射撃を止めようともしない? 何故……木偶が大剣を模した紋章を刻んだ鎧を着ている?


 巨人が剣を持ち上げ、砂漠に突撃してきた戦奴へ剣を向ける。すると、剣先から色鮮やかな魔法の渦が放たれ、一般的な装備に身を包んだ戦奴の命が一瞬にして散った。


 「……作戦と、違う、だろう」


 大剣は罅割れ半壊し、四肢はズタズタの襤褸雑巾を思わせる有り様になっていた。


 「何故、命を、散らす」


 雄叫びをあげ、雄々しく武器を構える戦奴が巨人の一撃により紙切れのように吹き飛んだ。


 「貴様等は、俺より弱い。……弱いのに、何故戦おうとする」


 折れた骨が軋み、千切れた筋繊維から血が溢れる。身体中の血管が破れ、血が止めどなく溢れ続けている。立ち上がろうにも足の感覚は麻痺し、手の感覚も無くなっていた。


 「貴様等は、何故……」


 「それは、皆貴方が尊いと思ったからです。アイン殿という希望が潰え、その内に燃える炎を絶やさないと誓った故に、私達は時間を稼ぐ選択を選んだのです」


 視線を声がする方へ向けると、其処にはアインと同じ戦闘甲冑を着た黒騎士が立っていた。黒騎士は傷だらけのアインを背に担ぎ、鋼の音を響かせながら砂丘を駆け上がる。


 「……ラグリゥス、何故前線に出た」


 「何故にと問われましたら、故にと返しましょう。魔導の塔があのような形態を持っていることは完全なイレギュラー。アイン殿をこの戦場から救出し、撤退した後に再度策を練り直します」


 「……まだ、戦える。まだ、奴を殺していない。まだ、まだ」


 「アイン殿、貴方が認めないなら私からハッキリと申しましょう。私達は、。敗北は恥ではありません。次の戦いの糧であるのです」


 鋼の巨人は己に殺意を向けた存在を許さない。恐怖と脅威を感じた存在を確実に撃滅し、身の安全を確保するまで執拗に剣を向ける。


 「ラグリゥス、俺を置いて、逃げろ……」


 「……」


 「ラグリゥス!! 俺を放って逃げろ!! 貴様まで死ぬ羽目になるぞ!?」


 「……アイン殿、私は貴方に忠誠を誓った身。部隊長である貴男を置いて行くわけにはいかない」


 巨人の剣先に魔力が集まり、鮮やかな色を描いて刀身を覆う。


 空気が震え、地が揺れる。破壊と破滅を齎す光の剣が砂漠に振り下ろされると同時に、紫電と轟炎、氷塊と暴風が剣先より爆発的な威力を伴い発生した。


 圧倒的な存在の前では、人は道端にころがる小石程の生命に過ぎないのだろう。絶対的な破滅と滅尽滅相を掲げる絶望の前では、弱者の力など雑草程度の障害に過ぎないのだ。


 ラグリゥス共々吹き飛び、砂上に転がったアインはうつ伏せのまま遠くに転がる己の右腕と剣を見る。砂漠の砂に染みた鮮血が彼等の傷と痛みを象徴し、周囲に降り注いだ戦奴の血肉が死を誘った。


 「ラグ、リゥス……生きて、いるか?」


 彼の副官からの返事が無い。


 「は、は、生きているか?」


 戦闘甲冑を纏う黒騎士は、許容量を超えた損傷に呻く力も残されていないようだった。


 「……だから、俺を置いて、逃げろと言ったのに……。俺を、助けに来たばかり……。俺を……俺は……。」


 温もりとは、何だったのだろう。


 何を以て温もりと定義し、何を以て知ろうとした。自分でも分かっていた筈だ、血肉と死の中に温もりは存在しないと。温もりとは、誰かの心と手が与えてくれるものだと、心の何処かでは分かっていた筈だ。


 鋼の巨人が歩みを進め、焔の瞳を以てアインを見定めた。その瞳から感じたものは、純粋なる殺意と憎悪、そして憤怒。死を齎す三つの感情だけを持つ巨人は、無言でアインを見下ろす。


 これ以上己が後退すれば、次に犠牲となるのは後方の非戦闘員達。戦えぬ者が無惨に命を奪われる事を意味する。


 「……」


 仲間とも友とも呼べるのか、判断がつかない戦奴達。幾度の戦場を超え、アインに忠誠を誓った彼等の命は無意味に散っていいものではない。


 「……」


 故に、これ以上退けない。これ以上迷うことは出来ない。これ以上……無様を晒すことは許されない。


 「貴様は……貴様は俺が殺す」


 その時、剣士は初めて誰かを守る為に殺す意思を抱いた。

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