魔導の塔の打倒を成し得た者、帝国の剣にして黒鉄の刃を名乗る部隊を率いる英雄、黒甲冑を纏い黒き魔剣を手にして戦場を駆ける死の権化……。ある者は彼に畏怖を、ある者は敬意を、ある者は彼の部隊に入隊したいと申し圧倒的な力の片鱗に触れる。
彼の剣士の名はアイン。その真紅の瞳は強烈な殺意を帯び、内包する激情は憤怒と憎悪に焦がれている。戦場においては無慈悲に敵を虐殺し、命乞いや降伏も聞き入れず殺戮を繰り返す剣の英雄。敵対した部隊や兵は彼の名を聞くだけで震えあがり、戦意を喪失し戦場から一刻も早く退却しようと試みるが、最後には彼の率いる部隊に見つかり殲滅させられる。
血も涙も無い殺戮部隊と畏れられる黒鉄の刃は、数多の戦場に現れては敗北という結果を覆し、勝利を手に入れる帝国の切り札であり鬼札。アインという剣士も恐ろしく強大な存在だが、彼に付き従う三人の副官も驚異的な存在だった。
一人は戦術構築と作戦立案、部隊員の把握、黒鉄の刃の運営を任されている黒騎士ラグリゥス。彼の戦術は部隊員の生存と敵の殲滅両方を兼ね揃えたものであり、打ち立てられた作戦は魔導の塔以降どんなイレギュラーにも対応できるよう深化された。
ラグリゥスの着る黒甲冑はアインの黒甲冑と姿形は同じだが、性能はまるで別物であり感情を喰らって力を増幅させる機能は無い。だが、多忙な彼を支える為に甲冑には生理機能や人の三大欲求を極限にまで抑える機能が備わっており、戦闘方面の機能よりも生活面に特化させた術式が組み込まれている。
もう一人は魔法使いにして、部隊の魔導具や術式を作り出し、魔法的才能を持つ隊員の指導及び教育を引き受けているカラロンドゥ。彼女は常に薄ら笑いと厭な笑みを浮かべる黒衣の美女であり、アインやラグリゥスに意味深な言葉を吐いては酒を呷る全てを知る女。カラロンドゥの出自や人生には多くの謎が纏わり付き、彼女自身も秘密主義なせいか必要な時に、必要な事しか話さない。
時に煽り、時に嘲り、時に敬意を称える。カラロンドゥの難儀な性格を部隊全員が知っている為か、彼女が真面目に話す時以外は皆話半分に耳を傾ける。だが、魔導の塔攻略直後、カラロンドゥが連れて来た魔導人形の正体を知った時、普段反応が薄いアインでさえも目を見開き大きく溜息を吐いた。何故か、それは魔導人形の中身に居る存在が、散々部隊とアインへ殺意を向けていた塔の主だった為だ。
塔の主、複合脳から一つの人格を作り上げた魔導技術者。名はカラレゥス。世界最高峰の魔導技術者である男は、外法と非人道的な実験を繰り返した狂気の技術者であった。犠牲と失敗の上に技術は革新し、新たなる段階へと昇華されるという志を持つ彼は魔導の塔を作り上げ、塔に同じ志を持つ技術者を募った。
外法、人体実験、机上の空論……幾度の失敗と犠牲を積み重ねたカラレゥスは個人の知識と技能を排し、魔導の塔に集まった技術者全員の脳を繋ぎ合わせる事で叡智を手にしようとした結果、予め用意していた魔導人形に複数の意識を統合した人格を導入した。元々は同じ志を持った者達である為、統合と導入は比較的争い合う事無く行われ、主人格はカレゥリウスのものとなっている。
「カレゥリウス。私の事はそう呼ぶがいい魔なる英雄よ」
開口一番アインへそう言ったカレゥリウスは目鼻口が存在しないのっぺらぼうの顔で、そう言った。
「私と同志達は塔を打ち倒した者に忠誠を誓うと生前取り決めていた。生命が憎かろうと、人が忌々しかろうと、私達は最高傑作である魔導の塔を打倒した存在こそが真なる英雄であると仮定し、その者に叡智を授ける。黒い剣士アインよ、貴殿の望みを言うがいい」
「……」
「答えぬのか? 常人ならば嬉々として答える問いであるが、なるほど。英雄ともなれば人から授けられる叡智に興味は無いと申すか。ならば私は私の出来ることをしよう。カラロンドゥよ、何故英雄が率いる部隊には術師と技術者の工房が存在しない?」
「カラレゥス殿、我々は奴隷部隊という名で呼ばれる戦奴である。今でこそ十分な装備と補給を帝国から補充されているが、元々は敵の死体から装備を剥ぎ、補給を行っていたのだよ。そんな我々に工房を持つ余裕などあるものかね」
「……状況は理解した。ならば暫し時間を貰おう。私が英雄の部隊に相応しい魔導具と工房、休息地、各施設を作ろう。部隊の運営を任されている者……ラグリゥスよ、構わんな?」
魔導ランプの拙い灯りを頼りに、書類にペンを走らせていたラグリゥスが信用できないと言った目でカラレゥスを睨む。
「……貴様を信用しろと? 元は敵だった者をか?」
「信用も信頼も一から築こうではないか。私の技術と能力は部隊に有益であると思うぞ?」
「……」
ペンを置き、カラレゥスの無貌を見る。
常に上から目線の物言いはカラロンドゥと似たものがあるが、その言葉の中に殺意や敵意は感じない。最終的な判断は部隊長であるアインのものだが、先に見極める仕事がラグリゥスの役割だ。
「……カラロンドゥ殿」
「何だね? ラグリゥス殿」
「この魔導人形がおかしな真似をしないか見張っていて欲しい。私とアイン殿は明日、帝都へ行く用事がある」
「用事と言えば……あぁ、あの少女を迎えに行くのかね。いいだろう、その役目仰せつかった」
焚火を前に、剣を磨いていたアインの手が止まる。白銀の少女の顔が脳裏を過り、空へ必死に手を伸ばす神秘的な少女への想いが胸につのる。
「……牙を剥かなければ剣は向けん。殺意を向けられなければ敵として認識しない。カラレゥスといったか? 勝手にしろ」
「アイン殿、貴方は明日部隊を一時的に離れるのですよ? この魔導人形が悪を企てていれば」
「ラグリゥス、カラレゥスは悪意と殺意を抱いていない。俺の意思が反応しないのが何よりの証拠だろう。……カラロンドゥ、後は頼んだ」
「分かったよ、アイン殿。貴公はもう帝都に発つのか?」
「ああ」
剣を背負い、立ち上がったアインはラグリゥスを連れて厩へ向かう。最後まで信用できないと話していたラグリゥスを他所に、剣士の意思は既に白銀の少女へ向けられていた。
「……カラロンドゥよ、彼の英雄が求める少女は如何ほどの存在で?」
「白痴と称されるうら若き乙女だよ。鍵を持つ者同士、引き寄せられているのだろう」
「想い人というわけか……。英雄の花嫁にこの駐屯地は些か無防備であるな。故に、私が作り変えよう。魔なる英雄と乙女の為に」
そう言ったカレゥリウスは自らの肉体を触媒として、万能工房を呼び出すと作業を開始するのだった。