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魔なる英雄 ⑤

 魔剣。それは、魔力を練り上げ、己の意思を刃に纏わせた黒き剣。


 黒き剣が纏った殺意は刀身に小規模の世界を内包し、その世界は殺意の根源であるアインの意思が渦巻く無限の荒野。剣の世界に存在する生命は所有者の意思を反映するが如く、敵という概念へ無限の殺意を向け、創造主たるアインの戦意に真紅の闘気を以て応える。


 雰囲気が変わった。先程までの生命とはまるで違う。鋼の巨人或いは魔導の塔は、アインのフルフェイスから覗く真紅の瞳に強烈な恐怖と危機感を感じ取る。人の形をしているのに、人とは違う生命体。剣士から溢れ出る魔力と意思の力に、鋼の巨人を操る存在は声無き悲鳴を叫ぶ。


 アレを殺さなければならない。どんな存在よりも脅威を感じた剣士を抹殺しなければならない。魔力の充填が完全にされていない状態の光の剣を振り下ろした巨人は、アインという剣士をこの世界から消滅させるべく、破滅の力を振るった。


 「……」薄く息を吸い、視界に光の剣を見据える。「……」息を吐き、魔剣を握り締め不完全な魔力の塊、光の剣の綻びを見つけ出す。


 光の剣を殺し、鋼の巨人を殺し切る。その意思はアインから魔剣へ流れ込み、黒い刃をより鋭利にさせる。甲冑が彼の激情を喰らい、内に存在する戦奴の亡霊の意思が相乗的に魔剣へ力を与え、殺意の剣の世界を現世に顕現させる。


 「殺戮の絶剣」その言葉が自然に口から洩れた。言葉が漏れると同時に、魔剣が内包する世界……則ちアインの殺意の世界が現実を侵食し、世界を己の意思で染め上げる。


 殺意は蒼穹を真紅に染め、太陽を飲み込み黒に染める。憤怒は砂漠の砂を炭化させる程に焼き尽くし、漆黒の大地に変貌させる。憎悪は空気中の魔力を枯渇させ、鋼の巨人が持つ膨大な魔力を異能の発動者たるアインへ強制的に譲渡させる。世界の一部を己の意思で染め上げ、戦場を完全に掌握した剣士は譲渡された魔力を魔剣へ流し込み、絶対の死を刃に纏わせた。


 剣を振り上げ咆哮する。空気を震わせ、喉が裂けたかのような咆哮と共に、アインの魔剣が光の剣と激突する。漆黒の閃光と白色の稲妻が光と闇の狭間で煌めき、強大な力がぶつかり合う衝撃で炭化した地面が砕け、亀裂が奔る。


 眩い極光と奈落の闇を思わせる黒。激突した光の剣と魔剣は、互いに人が作り出した決戦兵器の意味を持ち、常人では打倒しえない強力無比な武器である。通常の武器では破壊出来ず、魔法に含まれる魔力を打ち消し喰らう性質を帯びる剣。互いに互いを貪り喰らう剣は暫しの間均衡を保っていたが、次第に魔剣の刃が光を吸収し、無理矢理にでも光の剣を消滅させようと牙を剥く。


 死ね―――。アインの口から殺意に濡れた言葉が漏れ出る。


 死ね―――。彼の殺意に応えようと魔剣は光の刃を漆黒の殺意で覆い尽くし、獰猛な獣の如く貪り喰らう。


 敵を、打倒せねばならない敵を、殺し尽くせ―――。敵の魔力を己が魔力へ変換し、命にも牙を突き立てた魔剣の殺意は、数百にも及ぶ黒鉄の牙を刃から顕現させ巨人の装甲と光の剣を踊るように殺し尽くす。


 「疾く死ねよ、俺の敵。貴様は、俺の世界に必要の無い鉄屑だ」


 世界の顕現者にして、戦場を掌握したアインは己の世界に必要の無い存在を許さない。殺して、殺して、殺し尽くす為に異能を操り魔剣を振るう。鋼の巨人と亀の魔導鋼を喰らい、内部の魔導機構を殺戮し尽くした魔剣は巨人を操る存在を感知すると、その位置をアインへ伝えた。


 複数の意識が存在している場所は巨人の頭頂部。殺すべき存在を見定めた剣士は破壊された装甲板を駆け上がり、胴体部位を斬り裂くと魔導の塔内部へ侵入する。


 「……」


 機能を停止した歯車と火花が散る魔石結晶回路、魔力が根こそぎ失われた回路にはランプが灯っておらず、既に死している事実を言葉無く述べていた。


 通路という通路は無い。階段も、梯子も見当たらない魔導の塔内部を見上げたアインは脚に力を込めると大きく跳躍し、天井の鉄板を次々と斬り裂いて上層へ跳ね上がる。パイプを足場に飛び跳ね、剣を壁に突き刺しては勢いを利用して再度跳ねる。そうしている内に、広い空間に出たアインの視界に映ったものは脳を失った死体の山だった。


 干乾びた死体は皆目を繰り抜かれ、脳を抉り出されたかのような傷を負っていた。人種、年齢、性別……老若男女無差別に集められた生命は、皆一様に上層を見上げ、祈るような格好で佇んでいた。


 この上に何かが居る。アインの殺意を以てしても判断が付かない意味不明な存在が、己を待っているように感じた。彼は、頭頂部へ続く階段を駆け上がると魔力制御式封鎖扉を斬り裂き、塔の支配者が座す空間へ侵入する。


 「……」


 異形の生命……その呼び方が適切だろう。


 円筒状の筒に満たされた培養液に浮かぶは複数の脳を繋ぎ合わせた異形の脳髄。膨れ上がり、血管と筋を脈動させた脳髄は、数十個の眼球をアインへ向ける。


 「……遂に、我が魔導要塞を陥落させる生命が地上に産まれ落ちたか。剣士、破壊者、殺戮者……貴様の瞳に私は見覚えがある」


 脳が言葉を発し、アインの真紅の瞳へ一斉に眼球を向けた。


 「嗚呼、思い出した。その瞳、空気、殺意はあの赤子のもの。奴隷より生まれ落ちた異常の塊。蟲毒の中を生き延び、激情に身を焦がす人の形をした何か。……やはり、俺の目に狂いは無かった」


 言葉を話し続ける脳へ剣を向けたアインは激情の限りを乗せ、牙を剥く。


 「魔導の塔を打倒し得る存在。我々は汝のような絶対的な存在を待ちわびていた。何者にも従属せず、世界にも属さない力を持つ存在。破界儀を持つ運命を背負った者を待っていた。矛を収めよ、牙を収めよ、私は君と敵対する意思はもう抱いていない」


 魔剣の刃が筒を斬り裂き、脳髄を保護する培養液が外部へ流れ出す。言葉を聞いているにも関わらず、己に剣を向けたアインへ「やはり、貴方はそういう人か」と言い放った脳髄は残った僅かな魔力を魔導人形へ出力した。


 「魔剣を携えし英雄。それはさながら」


 魔なる英雄、か。そう最後に言い残した脳髄は干乾び、絶命した。



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