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25.お茶会と石像

 歩きながら林杏は小声で、晧月に話しかける。

「お茶会って、どういうことですか?」

「悪いな、勝手に決めちまって」

「いや、それはいいんですけど、なんでまたお茶会なんですか?」

 林杏リンシンの問いに、晧月コウゲツも小声で答えてくれた。

「おそらくあの人は俺たちが予想してるよりずっと長いあいだ、1人で桃園にいる。そしてどんな生き物でも1人で生き続けることはできない。卑怯な気もするが、そこを突かせてもらおうかと思ってな」

 つまり誰かと触れ合う心地よさや楽しさを味わってもらい、林杏たちに親しみを持ってもらおうという作戦のようだ。あまりいい気分はしない。

 ふと前方を見ると、再び人の姿が見えた。状況から考えるに先ほどの女性ではないだろう。目を凝らしてみると、頭には尖った耳がある。

(もしかして、浩然ハオランさん?)

 しかし様子がおかしい。まったくこちらを振り向かずに、桃に手を伸ばし続けている。そして近づいてみると、違和感の理由がわかった。浩然の肌は濃い灰色になっており、腕を伸ばした姿勢で固まっているのだ。

「浩然さんっ?」

 林杏は思わず駆け寄った。体に触れると硬いのに、人肌のように温かかった。林杏は一歩退いてしまう。

「こ、晧月さん、これ」

「おいおい、なんだこれ。犬野郎そっくりじゃねえか。こんなもん、あったっけか?」

 林杏は浩然にそっくりな石像の手首に触れた。かすかに脈動している。

「晧月さん、この石像生きてます。きっと、浩然さん本人ですっ」

「は? なんで犬野郎が石になってんだ?」

 林杏は浩然の気の流れを見た。多少の乱れはあるが、絡まっているような場所はない。つまり治療ができないということになる。

(なんで、石像になってるんだろう? 誰の仕業?)

 林杏が考えていると晧月がいきなり、石像になった浩然を持ち上げようとした。しかしびくともしない。

「だめだな。重さまで石像になってやがる。仕方ねえが、置いていくしかねえ」

 心苦しいが、晧月の言うとおりだ。それに運んでいる途中でどこかが欠けたら、そして石像から戻ったときに欠けたところがどうなるか、まったくわからない。

「犬野郎のことはあとで考えるとして、まずはさっきの女の人に渡す菓子か飲み物か、用意しなくちゃな。林杏、今からキノコ採ったとして、どれくらいの金額になる?」

「そうですね、動いてみないとなんとも言えませんが……あまり集まらないかもしれません」

 正確にキノコの見分けができるのは、林杏だけだ。短時間ではあまり見つからないだろう。空を見ると太陽は徐々に高くなってきていた。すぐに動いたほうがいい。

「晧月さんは、夜に向けて薪を集めてください。私はキノコを採って、近くの村に売ってきます。そのお金でお菓子も買ってきますね」

「悪いな、頼むわ」

 林杏は早速動くことにする。足元に気を集め、山の中腹へ向かった。


 林杏は山の中に入り、食べられるキノコや薬の材料になるものを採る。ちょうど季節としても夏のキノコが生えているので、さまざまなものを摘むことができた。

(このキノコは結構高値で売れたはず。採れてよかった)

 林杏がちょうど採ったところのキノコは、傘が赤色で軸は橙色で乾燥させると料理にも使えるうえに、薬の材料にもなるので、需要が高いのだ。

 林杏はキノコを持って、1番近い村に向かった。

 村の商店でキノコを見せると、店主らしき男性が「よくこれだけ珍しいものを見つけたなあ」と感心していた。そして相応の代金を貰い、その場でお菓子を人数分買った。砂糖をたっぷり使ったサンザシのお菓子と、あんこと果物がたくさん入った月餅である。

 林杏は買ったお菓子を持って、洞くつの前へ戻った。すると薪をたくさん集め終わった晧月が座っていた。

「おう、お疲れ。ありがとうな」

「いえ、この辺りのお菓子でよかったですか?」

 林杏が紙袋の中身を見せると、晧月は「いいと思うぜ」と頷いた。林杏はお菓子を持って、晧月と共に桃園へ飛んだ。


 桃園にやってきた林杏と晧月が、女性と再会した場所に向かうと、机や椅子のほかにも食器などが並べられていた。

「ようこそ、いらっしゃいました。どうぞ、お座りください」

「ありがとうございます。あの、よかったらこちらのお菓子、食べてください」

 林杏がお菓子を渡すと、女性は微笑みながら受けとってくれた。

「それではほかのお菓子と一緒に食べましょう」

 林杏と晧月は女性の向かいに座った。女性は3人分のお茶を淹れると、それぞれの前に置き、椅子に腰かけた。

「それにしても、なぜお茶会を言い出したんですか?」

 女性の疑問も、もっともだ。林杏は晧月をちらりと見る。彼のことだからうまく答えるだろう。

「俺が食べたかったんです。修業中の身なんでね、きちんとした理由がないと食べちゃいけないような気がするんで」

 女性は晧月をじいっと見ている。気の流れを見て、嘘かどうか判断しようとしているのかもしれない。

(いや、私のほうを見て判断するかもしれない。落ち着こう)

 林杏は鼻だけで息を大きく吸って吐くと、口元に笑みを浮かべた。女性もお茶に口をつける。

「嘘ではないようですね。それならば、遠慮なくいただきましょう」

 女性はそう言ってお茶に口をつける。林杏もお茶を飲んでみると、香ばしさと共に花の香りもした。茶葉と一緒に花が入っているのかもしれない。ちらりと見ると、女性は月餅を食べていた。

「あら、おいしい」

 林杏は内心ほっとして、女性が用意してくれたお菓子に手を伸ばした。桃まんじゅうやごま団子、蓮蓉包れんようほう――蓮の実で作ったあんが入った蒸しまんじゅうのこと――などが並んでいるなか、林杏は桃まんじゅうを選んだ。

(桃まんじゅうは見た目がかわいいから、やっぱりいいなあ。誕生日みたいなお祝いでしか食べられないから、嬉しいっ)

 桃まんじゅうを齧ると、中のあんこの甘みが口いっぱいに広がる。やはりおいしいものを食べると幸せな気持ちになるものだ。ふと視線を感じ、見てみると晧月と女性がこちらを見ていた。どちらも笑みを浮かべているような気がする。

「えっと……な、なにかお行儀の悪いことをしたでしょうか?」

 林杏が不安げに尋ねると、晧月はごま団子を、女性はサンザシのお菓子を林杏の皿の上にのせてきた。

「これ、うまいから食べな」

「こちらも」

「え、あ、は、はい。ありがとうございます。いただきます」

 林杏は少し戸惑いながらも、のせられたお菓子を食べる。甘みが体を巡り、心にまで届く。自然と口元がゆるみ、明るい気分になってくる。皿の上のお菓子を食べ終わると、晧月と女性が再びお菓子をのせてきた。

「あ、あの、お2人も食べてくださいね? 私、たくさんいただいてますよ?」

「なんだかあなたの食べている姿を見たくて、つい」

 女性の言葉に晧月が「わかりますよ」と頷いているが、林杏はまったくわからない。

「とにかく食べな」

「ええ、こちらもおいしいのでぜひ」

 林杏の皿の上にはさまざまなお菓子がのせられていく。

「いや、ありがたいんですけれども、お2人も食べてくださいって」

 林杏がそう言っても、2人は笑みを浮かべたまま林杏が食べる様子を見ていた。


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