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27.お茶会の日々

 次の日、林杏リンシンはキノコを探しにいったあとに近くの村で換金した。そしてお菓子を買い、晧月コウゲツのもとに戻った。今日買ったのは縄のようにねじった生地を揚げて砂糖をまぶしたお菓子と、なつめの実のはちみつ漬けが入った甘いちまきだ。甘いちまきを見た晧月が「おっ、これうまいよな」と言って、つまみ食いをしようとしたので林杏はなんとか阻止した。

 午後になり、林杏と晧月は梓涵ズハンのいる桃園に向かった。昨日と同じ場所に行くとすでに準備が整っていた。梓涵と目が合う。

「こんにちは」

 林杏が挨拶をすると、梓涵はにっこりと笑った。

「こんにちは。さあ、どうぞ」

「ありがとうございます。あの、これ、お菓子です」

「あらまあ、今日もわざわざ。では一緒に食べましょう」

 梓涵が淹れてくれたお茶と一緒にお菓子を食べる。すると梓涵がお茶を一口飲んだあと尋ねてきた。

「そういえばお二方はどこかに宿をとっているんですか?」

「いえ、中腹あたり、っていいんでしょうか……そこにある洞くつの前で寝泊まりをしています」

 林杏が答えると梓涵は気の毒そうな表情をした。

「まあ、それでは昨日は体調を崩したのでは?」

「ありがとうございます。修業中には空中で寝なくてはいけないこともあったので、地面で寝られるだけで、だいぶましなんです。昨日もしっかり寝られました」

「そう、ですか」

 梓涵の表情が一瞬ほっとしたように見えたのは、なぜだろうか。

(まあ、気のせいか)

 林杏はそれほど気にせず次の話題に移ることにした。

「空中で寝たときは、修業の一環で蛇だらけの穴に落とされて、一週間過ごすことになりました。そのときに蛇がとても苦手な方がいて……」

 梓涵は林杏の話を聴きながら、時折頷いたり相槌をうったりしていた。

「さあさあ、こちらのお菓子もお食べなさいな」

話を聴き終えた梓涵がそう言って林杏の皿の上にのせたのは、砂糖を固めて作ったお菓子だった。故郷ではおめでたいときに食べられるもので、花の形や鳥の形が多い。幅は人差し指の長さくらいあり、食べごたえがありそうだ。

「梓涵さんも、梓涵さんも食べてくださいっ。昨日もそうでしたけど、私ばかり食べたら、梓涵さんと晧月さんの分がなくなってしまいますから。ね、晧月さん」

 林杏は助けを求めるように、隣にいる晧月のほうを向いた。すると晧月は机の上にある甘いちまきを手にとり、林杏の皿にそっとのせた。

「ちょっと晧月さんっ」

「若いんだからいっぱい食べな」

「年齢は関係ないでしょう、お茶会なんですからっ。そうですよね、梓涵さん」

 同意を得るために今度は梓涵を見るが、梓涵は砂糖を固めたお菓子をもう1つ林杏の皿へのせた。

「しっかり食べるんですよ」

「ですから、お二人も食べてください」

 林杏の訴えは流され、食べ終わると新たにお菓子を皿の上に置かれた。


 この日も林杏はお菓子で満腹になったため、夕食の焼きキノコは食べなかった。晧月だけが手作りの串にキノコを刺し、焼いている。

「あの、本当に。本当に晧月さんもお菓子食べてください」

「食ってる食ってる。ただ、お前さんが食べてる姿を見ると和むんだよな。梓涵さんも同じみたいだぜ」

「だから、それがわからないんですって」

 林杏は普通に食べているだけだ。そんな姿を和むと言われて、納得できる人がいるだろうか。いや、いないはずだ。林杏は不満を表情に出したが、晧月は笑っているだけだった。

 しばらくすると晧月が申し訳なさそうに言った。

「林杏、悪いけど明日もキノコのこと頼むな」

 今回はこちら側からお茶会を申し出て、明日も行なうことになっている。

「はい、任せてください」

 林杏は返事をしてから、ふと真上を見上げる。雲が覆っているため星も月も見えない。しかしそんな雲の上には桃園がある。梓涵はたった1人で桃の世話をしている。寂しくなることはないのだろうか、悲しい気持ちになることはないのだろうか。涙を流す日はないだろうか。

(お茶会をしているあいだだけでも、梓涵さんの気持ちが紛れたらいいんだけど)

 林杏はそんな風に思いながら、雲を眺め続けた。


 次の日も林杏はキノコを採取してから、近くの村へ行った。さすがに3日連続ともなると、商店の店主にも顔を覚えられていた。

「今日はどんなキノコを持ってきてくれたんだい?」

「こんな感じなんですけれど」

 林杏がとってきたキノコを台の上に出すと、店主は「また珍しいものを」と嬉しそうに言った。今回は美味ながらもなかなか見つけられないキノコが3本も採れたのだ。見た目は黒と茶色が混ざったような色で地味だが、一度食べると忘れられないくらいおいしいと人気だ。

 そのまま商店でお菓子を購入する。あまり品揃えが変わっていないので、サンザシのお菓子と月餅しか買えるものがなかった。

(でもここの月餅おいしかったし、まあいいか)

 林杏はお菓子を持って、晧月のもとに戻る。今日も梓涵は喜んでくれるだろうか。そんな風に考えると、林杏は早く桃園に行きたくなった。


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