次の日、
午後になり、林杏と晧月は
「こんにちは」
林杏が挨拶をすると、梓涵はにっこりと笑った。
「こんにちは。さあ、どうぞ」
「ありがとうございます。あの、これ、お菓子です」
「あらまあ、今日もわざわざ。では一緒に食べましょう」
梓涵が淹れてくれたお茶と一緒にお菓子を食べる。すると梓涵がお茶を一口飲んだあと尋ねてきた。
「そういえばお二方はどこかに宿をとっているんですか?」
「いえ、中腹あたり、っていいんでしょうか……そこにある洞くつの前で寝泊まりをしています」
林杏が答えると梓涵は気の毒そうな表情をした。
「まあ、それでは昨日は体調を崩したのでは?」
「ありがとうございます。修業中には空中で寝なくてはいけないこともあったので、地面で寝られるだけで、だいぶましなんです。昨日もしっかり寝られました」
「そう、ですか」
梓涵の表情が一瞬ほっとしたように見えたのは、なぜだろうか。
(まあ、気のせいか)
林杏はそれほど気にせず次の話題に移ることにした。
「空中で寝たときは、修業の一環で蛇だらけの穴に落とされて、一週間過ごすことになりました。そのときに蛇がとても苦手な方がいて……」
梓涵は林杏の話を聴きながら、時折頷いたり相槌をうったりしていた。
「さあさあ、こちらのお菓子もお食べなさいな」
話を聴き終えた梓涵がそう言って林杏の皿の上にのせたのは、砂糖を固めて作ったお菓子だった。故郷ではおめでたいときに食べられるもので、花の形や鳥の形が多い。幅は人差し指の長さくらいあり、食べごたえがありそうだ。
「梓涵さんも、梓涵さんも食べてくださいっ。昨日もそうでしたけど、私ばかり食べたら、梓涵さんと晧月さんの分がなくなってしまいますから。ね、晧月さん」
林杏は助けを求めるように、隣にいる晧月のほうを向いた。すると晧月は机の上にある甘いちまきを手にとり、林杏の皿にそっとのせた。
「ちょっと晧月さんっ」
「若いんだからいっぱい食べな」
「年齢は関係ないでしょう、お茶会なんですからっ。そうですよね、梓涵さん」
同意を得るために今度は梓涵を見るが、梓涵は砂糖を固めたお菓子をもう1つ林杏の皿へのせた。
「しっかり食べるんですよ」
「ですから、お二人も食べてください」
林杏の訴えは流され、食べ終わると新たにお菓子を皿の上に置かれた。
この日も林杏はお菓子で満腹になったため、夕食の焼きキノコは食べなかった。晧月だけが手作りの串にキノコを刺し、焼いている。
「あの、本当に。本当に晧月さんもお菓子食べてください」
「食ってる食ってる。ただ、お前さんが食べてる姿を見ると和むんだよな。梓涵さんも同じみたいだぜ」
「だから、それがわからないんですって」
林杏は普通に食べているだけだ。そんな姿を和むと言われて、納得できる人がいるだろうか。いや、いないはずだ。林杏は不満を表情に出したが、晧月は笑っているだけだった。
しばらくすると晧月が申し訳なさそうに言った。
「林杏、悪いけど明日もキノコのこと頼むな」
今回はこちら側からお茶会を申し出て、明日も行なうことになっている。
「はい、任せてください」
林杏は返事をしてから、ふと真上を見上げる。雲が覆っているため星も月も見えない。しかしそんな雲の上には桃園がある。梓涵はたった1人で桃の世話をしている。寂しくなることはないのだろうか、悲しい気持ちになることはないのだろうか。涙を流す日はないだろうか。
(お茶会をしているあいだだけでも、梓涵さんの気持ちが紛れたらいいんだけど)
林杏はそんな風に思いながら、雲を眺め続けた。
次の日も林杏はキノコを採取してから、近くの村へ行った。さすがに3日連続ともなると、商店の店主にも顔を覚えられていた。
「今日はどんなキノコを持ってきてくれたんだい?」
「こんな感じなんですけれど」
林杏がとってきたキノコを台の上に出すと、店主は「また珍しいものを」と嬉しそうに言った。今回は美味ながらもなかなか見つけられないキノコが3本も採れたのだ。見た目は黒と茶色が混ざったような色で地味だが、一度食べると忘れられないくらいおいしいと人気だ。
そのまま商店でお菓子を購入する。あまり品揃えが変わっていないので、サンザシのお菓子と月餅しか買えるものがなかった。
(でもここの月餅おいしかったし、まあいいか)
林杏はお菓子を持って、晧月のもとに戻る。今日も梓涵は喜んでくれるだろうか。そんな風に考えると、林杏は早く桃園に行きたくなった。