それから何度もお茶会が開かれた。連日行われることもあれば、1日や2日空くこともあったが、お茶会は頻繁に開かれた。
お茶会が初めて行われてから、半月が経とうとしていたその日も、林杏と
「梓涵さーん」
林杏が近づきながら手を振ると、梓涵も笑顔で手を振り返してくれた。林杏は持ってきたお菓子の説明をしながら梓涵に見せる。3人はそれぞれ席につき、お茶を飲んだ。
「林杏はキノコの見分けができて、しかも早いんですよ。俺はもうさっぱりで」
話題の切れ目に晧月が言った。
「まあ、それはすごい」
「父にみっちり仕込まれました」
林杏は照れくささを感じながら、そう答えた。村では当然だったことも、異なる場所に行くと違った反応をされる。
ふと梓涵の表情が暗くなる。近頃見ることが増えたような気がする。まるで悲しみと向き合っているようにも、迷っているようにも見える。
(梓涵さん、どうしたんだろう? なにか困ってることでもあるのかな?)
林杏は迷ったが、声をかけた。やはり仲よくなった相手が悩んでいるのは、悲しいものだ。
「あの、梓涵さん。なにかお悩みでも? 最近元気がないときがあるから、心配で」
「え……。ああ、大丈夫です、ありがとう。そうだわ、今日はあなたのご両親のことを聞かせてくださいな」
「え、ええ。私の母は料理が上手で、採ってきたキノコを手早く洗ったり、料理してくれたりしたんです」
林杏は両親のことを話し始めた。林杏は梓涵の態度に心のどこかでひっかかりを覚えたが、梓涵本人が大丈夫だと言ったので気にしないことにした。
そしてどれだけ楽しくても時間は過ぎていく。空は茜色になって、夜の空気をまとい始めた。
「じゃあ、私たちはそろそろお暇します」
林杏と晧月は腰を浮かせる。
「お待ちくださいな」
そう言うと梓涵は立ち上がり、そばにある桃の木から実を2つもぎとった。
「どうぞ、こちらを」
「え」
林杏は桃をすぐに受け取ることができなかった。頭の中にさまざまな思いが浮かんでは消える。
(もうお茶会ができないのか。もう梓涵さんと笑い合えないのか。桃をもらえる。修行の終わりに一歩近づく。でも梓涵さんはまた1人に戻る)
いつまでも受けとらずにいると、梓涵はそっと林杏の手をとり、桃を持たせた。
「あなたたちの目的はこの桃でしょう。それはわかっていました。でも、わたくしの用意したお菓子の毒に当たらなかった。……あなたたちが初日に食べたお菓子には、毒が入っていたんです。よこしまな気持ちが強ければ、翌日には動けなくなる毒が。もしも桃を得ることしか考えていなければ、毒は効いていたでしょう。しかし、あなたたちは翌日も来てくれた。毒が効かなかった。それがとても嬉しくて。お茶会が楽しくて、わたくしは……」
2回目のお茶会のときの違和感は気のせいではなかったのだ。そして近頃悩むような顔をしていたのは、桃を渡すかどうか考えていたのだ。
毒を仕込まれていたことに怒るより、林杏は伝えたいことがあった。
「たしかに私達は桃がほしくて、梓涵さんと仲よくなろうとしました。でもお茶会をするのが、梓涵さんと笑える日が、とても、とても楽しかったんです。だから、私、今……」
視界がにじむ。すると梓涵が林杏の手をそっと握った。
「いいんですよ、ありがとうございます。さあ、桃を持ってお戻りなさい」
「でも、梓涵さんは?」
「大丈夫です。こんなにも楽しかった日々があれば、まだまだ1人で桃の世話ができます」
林杏は下唇を噛むと、少し俯いてから梓涵をまっすぐ見つめた。
「私、絶対仙人になります。そして霊峰に住んで、この桃園に遊びにきます。そのときに、またお茶会をしましょう」
梓涵は一瞬目を見開くと、すぐに笑顔になった。
「ええ、待っているわ」
林杏はあることを思い出した。
「あの、お待たせしてしまうのにも関わらず、お願いしたいことがあるんですが」
「なにかしら?」
「あの石になっている犬の獣人……
「……わかったわ、特別よ? ほかの人たちには内緒にしておいてね」
梓涵の言葉に林杏は頷いた。
「さあ、お行きなさい。待っているわ、またお茶会ができる日を」
「はい。……いってきますっ」
林杏は梓涵に手を振ってから、晧月と共に飛んだ。
桃園を出て、霊峰から遠ざかるなか、晧月が話しかけてきた。
「これは
「はい。なにがなんでも合格してやります」
「ところで梓涵さんとのお茶会、俺も行っていいか?」
「もちろん」
「へへ。じゃあ俺も劫で死ぬわけにはいかねえな」
林杏は晧月と顔を見合わせる。
(必ず仙人になる。自分のためにも、梓涵さんのためにも)
林杏は飛びながら拳を作った。