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30.疑問をついに。

 林杏リンシン晧月コウゲツは手に入れた霊真珠、透仙石とうせんせき、桃の3つを持って、霊峰から道院へ向かって飛んでいた。まもなく道院に着く。

(いろんなことがあったけど、なんとか手に入ってよかった。……浩然ハオランさん、元に戻ってくれてたらいいけど)

 林杏は桃園で石になっていた浩然を心配しながら、道院の屋根を見下ろす。晧月と共に高度を下げ、道院の敷地内に着地した。すると金の像がある建物から、天佑チンヨウが出てきた。

「お疲れさまです。集めてきたものを出してください」

 林杏と晧月は荷物の中から霊真珠、透仙石、桃を出した。天佑はそれぞれを見ると、「いいでしょう」と頷いた。

「それぞれを食べてください。まずは桃から」

 林杏は桃を頬張る。甘い果汁が口の中に広がる。

(すごくおいしい。梓涵ズハンさんがあれだけ手をかけてたんだから、当然か)

 食べ進めていると、種だけが残る。

「種の殻までしっかり食べるように」

 林杏は耳を疑った。桃の種の殻は大変硬いので、下手をすると歯が欠けるだろう。林杏は覚悟を決めて、桃の種を齧った。するとすんなりと歯が通り、簡単に噛めた。しかも実よりも種のほうが甘い。林杏は目を丸くしながら種を食べ終わった。

「それでは、霊真珠を」

 次に霊真珠を口の中に入れる。まるで固めた砂糖菓子のような硬さで、音を立てながら噛み砕く。味は特にない。

「それでは最後に、透仙石を食べなさい」

 林杏は八面体の鉱物、透仙石を口に含んだ。するとまるで降ってきた雪が肌の上で溶けるように、あっという間に口の中からなくなった。

「よろしい。それでは今回の修業は完了とします。各自部屋に戻って、指示があるまで休みなさい」

 天佑はそう言って、建物の中に戻った。林杏と晧月は互いに顔を見合わせ、大きく溜息を吐いた。

「あー、終わった終わった」

「終わりましたね……。もう休みたいです。休みましょう……」

「そうだな。部屋戻るかあ」

 林杏は晧月とその場で別れて、自室に戻った。


 林杏はゆっくり目を開き、起き上がった。自身の寝台の上であることに気づき、直前の記憶を掘り起こす。

(なんとか部屋に戻ってきて、そのまま寝ちゃったんだっけ)

 久しぶりの寝台での睡眠は大変心地よく、あっという間に夢の世界に旅立ってしまった。空は茜色。はたして食事を知らせる鐘は鳴ったのだろうか。

(とりあえず体拭こう)

 林杏は布を濡らし、体をきれいにした。髪も洗い、水分を拭きとる。

 とりあえず食堂に向かい、鐘が鳴ったのか確認することにした。鐘が鳴ったあとならば、多くの人が食堂に集まっているだろう。

 しかし食堂にはいつものような列や賑やかさはなかった。すると、厨房の中にいるウサギの獣人、荷花(フーファ)と目が合った。

「あら、林杏。久しぶりね」

 林杏は厨房に近づきながら、あいさつをした。

「荷花さん、こんにちは。お久しぶりです。あの、つかぬことをお聞きするんですが、食事の鐘ってもう鳴りましたか? 実はさっきまで寝ていたので、わからなくって」

「夕食の鐘はまだよ。もうすぐ鳴らすから、座って待ってたら?」

「ありがとうございます。そうします」

 林杏は厨房から1番近い席に腰を下ろした。厨房内は忙しそうで、大きな音や声が響いている。香ってくるのは、辟穀へきこくに至っていない者たちが食べるであろう、汁ものの匂い。たしかに梓涵のところのお菓子は大変おいしかったが、それとこれとは話が別である。

(ああ、辟穀じゃなかったら私も食べられたんだろうなあ)

 林杏は肩を落とした。

 ふと入口のほうを見ると、見覚えのある人物と目が合った。晧月だ。

「よー、林杏。お疲れ。隣いいか?」

「お疲れさまです。はい、どうぞ」

 晧月は林杏の隣に座ると、大きくあくびをした。どうやら彼も寝起きのようだ。

「この様子だと、飯はまだっぽいな」

「はい。もうすぐ鐘を鳴らすそうです。なのでここで待っていました」

「なるほど。たしかに部屋に戻るのも面倒だしな」

 晧月は寝起きであまり頭が回っていないのか、口数が少ない。そんな晧月に声をかけていいのか、それとも静かにしておいたほうがいいのか、林杏はわからなかった。

(まあ、もうすぐ食事だし。寝ちゃうより起きてるほうがいいか。話してるうちに目が覚めてくるかもしれないし)

 少し迷ったが、林杏は晧月に話しかけることにした。

「やっぱり、これまでの修業よりは疲れますね」

「だなあ。基本的な修行のときは楽だったが、このあいだのと、今回の修業はだいぶ疲れたな。戻ってきたら寝台に倒れちまった」

「私もです。気がついたら寝てました」

 そのとき、カーンッカーンッと食事を知らせる鐘が鳴った。林杏と晧月はさっそく受付に並んだ。すぐに辟穀の食事が用意される。そして最初にいた席に戻ってくると、食事を始めた。

「そういえば、指示があるまで休めって言われたけど、どんくらいになるんだろうな?」

「そうですよね。ほかの皆さんが揃ってから、次の修業について説明されるんでしょうか?」

「どうだろうなあ。天佑さんは腹の中がまったく見えねえ。あんな人は滅多にいねえな」

 晧月は干し肉を噛みながら言った。まるで今までたくさんの人を見てきたかのような物言い。人懐っこいように見えるけれど、見えない本性。前世の両親を逮捕させるときに見えた怖そうな一面。晧月という人物の中を覗こうとすればするほど、どんな人なのかわからなくなっていく。

 ついに林杏は尋ねてしまった。

「晧月さん、あなたは何者なんですか?」

 晧月は大きく目を見開く。しかし林杏の本音は止まらなかった。

「今まで行動を共にしていて、あなたという人物がわかりそうになると、まるで川の中を泳いでいる魚のようにするりと逃げて、わからなくなってします。もちろん、なにもかもを知っているのが友だとは思いません。でも……晧月さんは隠しごとが多すぎます。私は、そんなに頼りないですか? 口が軽く見えますか?」

 晧月を見る。その目には動揺が浮かんでいる。しかし目を閉じ、ゆっくりと開くとその動揺は消えていた。

「そらそうだよな。悪かった。ただ、こういう人が多いところじゃあ、話せない内容ではあるんだ。だから、この飯食ったらお前さんの部屋にでも行って、話すよ」

「……わかりました。すべてお聞きします」

「ん。ありがとうな」

 晧月は干した果物を口に入れる。林杏は少し気まずさを感じながら、干し肉を齧った。


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