食事を終えると、
「まず、俺の名前は晧月じゃない」
まさか偽名まで使っていたとは。なんとなく裏切られたような気がしてしまうが、晧月の話を最後まで聴くことにした。
「俺の本当の名前は
待て、今、帝という単語が出なかったか。帝の子ども、つまり皇子。晧月が、皇子。やんごとなきお方。ようやく言葉の意味が飲み込めた林杏は寝台から下り、ひれ伏した。
「これまでの無礼、どうかお許しくださいませっ。まさかそんなご身分の方とはまったく存じ上げずっ」
「あー、ほらー、こうなるー。だから嫌だったんだよー。林杏、顔を上げてくれ、頼むから」
林杏はゆっくり頭を上げた。晧月が少し困った笑顔を浮かべている。
「ほら、寝台の上に戻りな。じゃねえと、話さないぞ」
帝やその親族の言うことは絶対。林杏はぎこちない動きで寝台に腰かけ、少し下を向いた。帝やその一族を直接見るのは不敬に当たるからだ。すると晧月から「顔を上げろ」と言われ、そのとおりにする。
「前に父親と会ったのは成人してからだって話、したよな。25のときだったんだ。成人してだいぶ経ってたけどな。どうやら帝……親父は俺が生まれたことを知らなかったらしい。母親が死んだっていうのを、どういう形でかはわからんが、聞いたみたいでな。そのときに俺のことも知ったらしい」
帝にとって、晧月の母親はどのような存在だったのだろうか。火遊び程度にしか思っていなかったのか、それとも。
晧月の話が続く。
「俺はすぐに王宮に連れて行かれて、仕事を与えられた。帝の補佐官だ。……親父にとってもっとも愛したのは、俺の母親だったらしい。だが俺の母親は平民、親父は帝になる存在。許されるはずがなかった。なんだかんだあって引き離されたんだと。……もっとも愛していたんなら、なんで妃と後宮のオンナがいるんだって話なんだけどな」
晧月の顔が歪む。どうやら晧月は帝に対してあまりいい感情を持っていないようだ。
「あるとき、俺に占いの力があるって知られちまってな。祭事の日どり、工事の内容や前もって準備しておくこと、毎日たくさんのことを占わされてた」
そういえば晧月は以前、嫌だというほど占いをさせられていた、と話していなかったか。まさかそんな重要なことを占っていたとは。
「……すべて町の人たち、いや国の人たちの命に関わること。拒否することはできなかった。占うことでしか、俺は町にいた人たちや、国で生きている人を助けられなかった。占わなければ……欲にまみれたやつらが、自分の懐を潤わせるために動き回るから。そうなったら、貧しい者、子どもや年寄りは生きていけない。そして占えば占うほど、俺の地位は高くなっていった」
それはそうだろう。帝からの命令で、政策などに関わることを占っていたのだから。そして晧月は優しい。帝からの命でなかったとしても、断ることはできなかったような気がする。
「俺の地位や評判が高くなることを、次の帝に近づいてるって考えるやつも増えてきた。そのせいか命を狙われたり、俺に近づこうとしたりするやつが増えてな。俺は命のほうが大事だからよ、帝になる意思はないってことを示すために道院にきた。王宮や後宮は欲にまみれて、人を貶めるための策略ばっかだ。俺には合わん。染まりたくもねえ」
晧月が寂しそうに微笑みを浮かべている。
「だから俺は郭晧尖としてではなく、晧月として生きていくことにしたんだ。今後も晧月として、今までどおりに接してほしい。損得なしに付き合えるようになって最初の友達はお前さんなんだ。距離をとられるのは……悲しいからよ。俺が言えたことじゃねえけどさ」
晧月の言葉でようやくわかった。晧月が自分のことを隠しているとわかって悲しかったのは、距離をとられているように感じていたからだ、と。友達から隠しごとをされ、一定以上は近づかないという関係は、林杏にとっては悲しかった。同じ気持ちをさせたくはない。
「わかりました。じゃあ、皇子としてではなく、一般人の晧月さんとして接していきます」
「ありがとうな。あ、あと、このことは秘密な。多分大騒ぎになるから」
「もちろんです。誰にも言いませんよ」
「助かる。ありがとう、林杏」
「いえいえ」
林杏は晧月をまっすぐ見つめた。そして2人はにっこりと笑った。
「じゃあ俺はそろそろ戻るわ」
「はい、おやすみなさい」
林杏は晧月を見送り、扉を閉めると寝台の上に倒れ込んだ。
(びっくりしたあ……。いや、晧月さんが皇子だなんて誰が想像できる?)
(そういえば浩然さん、もう石から戻れたかな? まあ、
林杏は起き上がり、窓の外を見る。すっかり夜に染まってしまった。林杏は窓を開け、空を見上げた。星が弱々しいながらも懸命に輝いていた。