翌日、髪を結い終わった直後に扉が3度叩かれた。開けるとそこには
「おはようございます。さっそくですが、出発してください」
まだ朝食を食べていない。しかし天佑には有無を言わせない雰囲気があった。
林杏はまとめた荷物を背負い、天佑が見送る――いや見張るなか、足元に気を集めて
春天山はこの
(朝ごはんくらい食べさせてくれてもいいじゃんっ)
林杏は心の中で天佑に文句を言う。荷花に食料をもらっておいてよかった。
春天山が見えてくる。
(全部桃色。本当に春に花が満開になったみたい)
よく見ると木々も桃色だ。葉と花の区別もつかない。
林杏はどこに着地するか考える。できれば川などの水辺から離れていないところがいい。とりあえず1周して空から川や池がないか確認してみることにした。すると中腹の桃色の木々と大地から光に反射したなにかを見つけた。ゆっくり高度を下げて見てみると、細い川だった。
林杏はこの川の付近に雨や風をしのげる場所がないか、探すことにした。
着地して小刀を出す。通った道にある幹に傷をつけ、目印にする。幹からは白い樹液が垂れた。
(洞くつとかがあれば1番いいんだけど)
林杏は幹に印をつけながら、まっすぐ移動した。5分ほど歩くと、洞くつが見つかった。念のために気で明かりを作り、中を覗く。10歩も歩けば奥に着くほどの短い洞くつだ。2人くらいまでなら籠れそうだ。
(よし、ここを拠点にしよう)
直後、ぐううっと大きな腹の虫が鳴る。まずは食事をとることにした。荷物の中から干し肉と干した果物を手のひらに収まるだけとり出し、齧りはじめた。
(さて、食べ終わったらなにしなくちゃいけないかな。薪を集めて、食べられそうなものを見つけて。持ってきた食料は非常時用に保管しておいて。うーん、どれくらい時間使うかが問題か。あんまりのんびりしてたら、あっという間に日が暮れちゃいそう)
林杏は食事をほどほどにして、薪や食べ物を探すことにした。
桃色の葉や枝を伸ばしている木々の中を歩く。地面に落ちている薪を拾いながら、キノコや木の実がないか探す。ふわり、と甘い香りが漂っていることに気がついた。
(なんだろう? どこかで花でも咲いてるのかな。その花が食べられたらいいけど)
しかし花が見つかることはなかった。そして見かけるキノコはどれも初めて見るものばかりだった。
(この山、きっと環境が独特なんだ。本当ならそんなところのキノコなんて手を出さないほうがいいんだろうけど、半年もいるとなると、木の実だけじゃ無理だし。……気で治しながら食べられるか判断するしかなさそう、かな。あとは前もって丹(たん)を作っておくか)
林杏は途中からキノコを1種類だけ回収し始めた。そして薪を両手で抱えきれなくなった頃、拠点の洞くつに戻ることにした。
薪を洞くつの中に置くと、少し休憩をとる。
(半年後ってことは、今は夏だから……冬か。きっと食べ物もなくなる。それなら保存食も作っておいたほうがいい)
しかしなにがいいか。食べられるかどうか判明しているのならば、キノコを乾燥させるのが1番楽で確実だろう。あとは木の実も可能ならば干したい。
林杏は薪と一緒に回収した木の実を見る。梅の実、小さな桃、桜桃など。
(冬じゃなくってよかった。今ならいろんな実が摘める)
小さな桃と桜桃は種をとれば、そのまま干して問題ないだろう。梅の実のほうも黄色く熟しているので、そのまま食べても問題ないだろうが、念のために生食は避けることにした。
(そういえば村長が、子どもの頃に生の青梅をたくさんつまみ食いして、体調崩したって話してたことあったな)
大量の砂糖があれば砂糖漬けにでもして保存できるが、あいにく塩しか持ってきていない。
(とりあえず、水汲んでこよ。のど渇いてきたし)
林杏は荷花から借りた器を持って、川に向かった。地面には石が多く、足の裏に硬い感触が当たる。足元に注意しながら歩いていると、川に着いた。
川はにごりもなく、底がはっきりと見える。これならば飲んでも問題ないだろう。林杏は器で水を汲み、その場で飲み干した。口の端から水が垂れ、雫が地面に落ちた。
ふとあることに気がつく。水がほんのりと甘いのだ。
(まるで砂糖を少し混ぜたみたい)
川の幅は林杏の身長の2倍ほど。常に流れている川の水が甘くなることなどあるのだろうか。
(もしかして川の水が毒、とか?)
林杏は自身の気の巡りに意識を向けた。不調になりそうな兆しはないので、毒ではないようだ。少しほっとする。
川は湧き水や泉、雨が地面に染みこんだり流れたりして発生する。本来は無味のはずの水に味がつくとすれば。
(まさか)
林杏は近くの地面の土を指につけ、舌先をつけてみた。甘い。
(まさかこの山、砂糖でできてる?)
視線を足元に移す。すると林杏が溢した水のところにアリが数匹集まっていた。どうやら林杏の考えは間違いないようだ。
(待てよ、じゃあ梅を砂糖漬けにできるんじゃ? やった)
林杏は念のために石も舐めてみた。なんと石も砂糖だった。砂糖の石をいくつも拾い、水分を拭きとった器に入れる。
(あ、でも梅を入れる容器がないのか。竹があれば食器の代わりにもなるけど、あるかな。あ、吊るすために蔓とかもあったほうがいいな。あとはまな板代わりになるものとか)
次に探すものが決まった。林杏は砂糖の石を洞くつに置いて、必要なものを探しに行った。