頂上を目指して5日は経った。どこまで歩いても山頂に近づいている気配がない。
(いや、さすがに5日も歩いてるのに山頂に着かないのはおかしい。道を間違えた?)
たしかにまっすぐ進んでいたのにいつの間にか道がずれていた、ということはよくある。しかしそうだったとしても、ひたすら上へ向かっているので、いつか山頂には着くはずだ。
(たしかに故郷の山よりは高かったけど、いくらなんでもおかしい。きっとなにかある。……山頂を目指すのはやめたほうがよさそう)
しかし山頂にたどり着けないとなると、手詰まりである。この辺りで拠点を新たに構えてもいいか、とも思ったが、
(やっぱり戻りたいな。……なにか方法があればいいけど)
林杏は父からの教えを、記憶の引き出しからひっくり返した。
(もっともいいのは、山頂を目指す、もしくは見晴らしのいいところに行くこと)
しかし今のところ山の全体を見渡せるような場所に出てきていない。この山を見下ろしたときのことを思い出す。川の辺りが唯一視界がよさそうだった気がする。
(1番しちゃいけないのは、川を下ること。滝になっていることもあって先に進めなくなることが多いから)
山では目印もなく来た道を戻るのはほぼ不可能だ。前方には滝、後ろには繁った木々。八方塞がりである。
(今回の場合は川が目印になるんだけどなあ。でも滝になってたら下りられないし)
何か滝を移動する
(いや、待てよ? 川の上を飛んで移動して見覚えのある風景を探せば、洞くつのあるところがわかるかも)
普通の人なら川を下るのは危険だが、空を飛ぶことができる林杏なら問題ない。
(よし、それなら川を探そう)
林杏は傾斜を登るのを止め、川がないか歩くことにした。
足元は相変わらずガタガタで、登山に慣れていなければすぐに疲れてしまうだろう。
(山育ちでよかった)
林杏はそんな風に思いながら歩を進める。
(たしか山で水を見つけるときは、動物の足跡を見つけるとよかったはずだけど)
地面には落ち葉が絨毯のようにたっぷりと落ちている。動物の足跡を見つけるのは難しそうだ。
(あとはなんて言ってたっけ。ああ、爪痕やフンからもわかるとかって言ってたな。あとは……そうだ、植物)
しかしこの山は見覚えのない植物ばかりが生えている。植物からも水の位置を推測するのは難しそうだ。
(そうだ、谷だ。水は窪んでいるところに集まるんだから、谷があるところに水源や川があるはず)
林杏は谷を探すことに決めた。
(父さん、いろいろ教えてくれててありがとーっ)
故郷にいる父親に心の中で感謝を述べる。谷は急斜面になっていることも多いので本来は無理に下るのはよくないが、林杏は飛べるので急斜面に出会っても飛びながら下ることができる。見えてきた希望を胸に抱き、林杏は進んだ。
斜めになっている道をしばらく歩いていると、水の音が聞こえてきた。
(川があるっ)
林杏は逸る気持ちを抑え、耳をすましながら音がするほうへ進む。斜面の角度が急になってきたので、飛ぶことにした。木々を避けながら下降すると、川と呼ぶには細い水の流れを見つけた。
「やったあっ」
林杏は思わず声を上げた。あとはこの水の真上を飛んでいくだけだ。
(見覚えのある景色を見逃さないようにしなくっちゃ)
林杏は前方や左右を見ながら飛び進む。進むごとに流れる水の幅は広くなり、量も増えていった。
(だいぶ視界も広くなってきた。見逃さないようにしなくちゃ)
地面から落ち葉はずいぶんと減り、石ころや岩が増えていく。最初に着地したところに風景が似てきた。
(ん?)
林杏は川の上で止まり、宙に浮いたまま左側の景色を見る。普通なら下りられない段差に見覚えがある。
(もしかして)
林杏は段差のほうへ飛ぶと、段差の上には洞くつがあった。洞くつの前にはたき火のあとがある。間違いなく拠点だ。
「みーっつっけたーっ」
林杏は今までに出したことがないくらい大きな声を出した。安堵から大きく長く息をつき、そのまま洞くつの前まで飛ぶ。
洞くつの中には傷みかけている桜桃などがある。しばらく迷っていたので仕方がないことなのだが、もったいないという気持ちがどうしても出てしまう。
「でも帰ってこれたあーっ」
林杏は洞くつの中でへたりこんだ。安心したせいだろうか、急に空腹感に襲われる。
(まずはご飯)
林杏は食べられそうな桜桃と桃を選び胃の中に収めた。じゅわりと広がる甘みがすべてを癒す。呼吸法を変えていたので空腹を感じづらくなっていたとはいえ、やはり食事をすると胃だけでなく、心も満たされている。
(はああ、帰ってこれてよかったあ)
林杏は食べられるだけの桜桃と桃を食べ終わると、後ろへ倒れこむ。するとすぐに瞼が重くなり、意識が途切れた。