洞くつに戻ると、姉は地面をぼうっと見つめていた。
「戻りました」
「おかえりなさい」
「じゃあ調理していきますね。合間にあなたの箸も作りましょう」
林杏は調理やそのほかの作業を始める。干したキノコを水の中に入れると、まず火を起こす。火打石を使い、火口につけ、慣れた手つきで火をつける。
火が育ってきたので、姉の箸を簡単に作った。でこぼこになっているところを整え、食べ物を掴むところは皮を削った。
次に昨日採ってきた別のキノコを小刀で刻む。この1ヶ月で食べられる野草も見つけられたので、キノコと同じ機会に摘んできたものも一緒に切った。
「なぜ干したキノコも入れるんですか?」
姉が尋ねてきた。林杏は鍋に火をかける。
「私が塩しか調味料を持ってきていないからです。
「なぜ塩しか持ってこなかったんですか?」
姉は手持ち無沙汰なのだろう、林杏に再度質問をしてきた。しかし林杏は邪険にすることなく答える。
「実はこの山に籠るのも修業でして。持ってくる荷物に制限はされていなかったんですが、身軽で動きやすいほうを優先したんです。この山がどんなところか、詳しくはわかりませんでしたし」
「なぜ動きやすさが大事だと思ったんですか? 物が多いほうが安心するかと思うのですが」
姉の考え方をする人もなかにはいて、それはもちろん悪いことではない。林杏は自分の考えを述べた。
「例えばこの山がとても傾斜が急で登るのが大変だったとします。その場合、身軽なのと、たくさん荷物がある人ではどちらが動きやすいでしょうか?」
「身軽な人のほうです、よね」
「そう。私は疲れて水が見つけられなかったり、登るのに時間をかけたりしたくなかったんです。なので、身軽なほうをとりました」
林杏は鍋の中を見た。沸騰してきたので、持ってきている塩と切ったキノコを加える。キノコは生で食べると体を壊すので、しっかりと火を通す。味見をしてみると、塩気が少し足りないように感じたので、塩をさらに足した。ちょうどよくなったので、野草を加える。緑のものが入るだけで料理がずいぶんと華やかになる。筒になっている木で作ったおたまでキノコ汁を器によそい、姉にも差し出した。
「箸はこちらで。どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
姉は器をまじまじと見ている。
「これは、ご自身で作ったのですか?」
「ええ、竹に似た木がありまして。煮沸消毒はしているし、使うたびに川で洗っているので大丈夫ですよ」
「あ、は、はい。いただきます」
姉は最初の一口目こそ恐るおそるだったが、二口目からはためらいなく食べていった。どうやら口に合ったようだ。林杏もキノコ汁を食べる。ふと姉を見ると目元が光ったような気がした。泣いているのだろうか。林杏は見ていないふりをすることにした。
「まずは体力をつけなければいけませんね。少しずつ歩いて、この山のことや食べられるもののことも覚えていきましょうね」
「はい」
姉の返事はなんとなく鼻声のような気がした。
昼食が終わると林杏は頭の中で、残り5ヶ月で姉が生きていけるようになるにはどうすればいいか考えていた。
(やっぱり最初は料理か。食べ物が見つかったり買えたりしても、うまく調理ができなかったら意味がないし。同時進行でキノコのことを教えたいな。覚えるのって時間かかるから。ああ、それなら手仕事もいろいろと教えたい。蔓でなにか作る、裁縫、染め物。いや、あんまり広げ過ぎるのもよくないか。だったら蔓でなにか作れるようになってもらおう)
蔓植物なら、この山に限らずさまざまなところにある。裁縫だと材料として布が必要となり、布を買うには金銭がいる。しかし蔓植物で雑貨を編めば、元手がなくても稼ぐことができる。
林杏は姉を見ると彼女は自身の手元を見ていた。そういえば1人でずっと部屋に無自覚ながらも閉じ込められていたのだ。このように黙って時間を潰すのは慣れているのかもしれない。しかし、せめて刺しゅうや裁縫などの手仕事が許されていれば。
(いや、
自力で飛び立てないように翼を折られていた姉。しかし今は違う。どんなことでもできるのだ。だから林杏は姉に好きなことをして、自由に生きて欲しいと思っている。
(やっぱり体力がいらないことから、早めに覚えてもらったほうがいい)
林杏は姉のほうを向いた。
「あの、もしよかったら蔓でなにか編んでみませんか? お教えしますんで。雑貨が編めれば完成したものを売ってお金にすることもできます」
姉は林杏を見つめた。まるで林杏の提案が意外だったような表情をしている。
「あの、怒っていたのでは?」
「え、なににですか?」
「わたくしがなにもできないから、怒っているのかと……」
どうやら姉が俯いていたのは時間を潰していたからではないらしい。林杏は慌てて否定した。
「怒っていませんよ。だってあなたは、なにもかも初めてじゃないですか。できないのは当然です。これから順番にできていけばいいんですよ。さっきまで、あなたになにをどんな風に覚えてもらうか、考えていたんです」
「わたくしの、ために?」
「ええ。あなたはもう自由なんですから、好きに生きていいんですよ。……あなたはどんな風に生きたいですか? なにをしたいですか?」
林杏は尋ねた。しかし姉は首を横に振った。
「わからないんです。あなたが現れて、両親が捕まって。いざ1人になったらなにをすればいいのか、わからなかったんです。わたくしは……空っぽな人間だったのです」
「じゃあ、今から楽しいことをたくさん詰められますね」
林杏がそう言うと姉は、はじかれたようにこちらを見た。
「……そうですね。たしかにおっしゃるとおりです」
姉は安堵とも喜びともとれる表情になっていた。
「わたくしは、やりたいことや望む生き方を見つけたいです。だから、今からでもなにか教えていただけないでしょうか?」
姉の目には光が宿っていた。林杏はなんとなく嬉しくなり、力強く頷いた。