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40.料理

 林杏リンシンはさっそく提案した。

「では今日の夕食を一緒に作ってみませんか?」

「はい。よろしくおねがいします」

 といっても昨日採った桃と桜桃もあるので、キノコ汁くらいしか作るものがないのだが。

「まずは干したキノコを水に戻します。そのためにはここから少し歩いたところにある川へ、水を汲みにいきます。動けますか?」

「はい、大丈夫です」

 姉は力強く頷いた。林杏は「じゃあ行きましょう」と腰を上げ、鍋や3つの筒を持った。

(歩く速度は落としたほうがいいな)

 林杏は姉も立ち上がったのを確認すると、川へ向かって歩き出した。時折振り返って姉がついてきているか確認し、姉の顔色や脚の動きを見ながら、ゆっくりと姉が疲れないように進む。

 いつもより時間をかけて川に着くと、林杏はさっそく姉に説明した。

「ここの川はきれいなので問題ありませんが、なかには汚れているところもあります。なので可能であれば井戸水を使いましょう。どうしても川の水を使う場合は、火にかけて沸騰させてから使います」

「わかりました」

 林杏は3つの筒を姉に渡した。

「これらの筒いっぱいに水を入れてください。夜の山は危険なので、こちらに水を溜めて使います」

「わかりました」

 林杏は鍋に水を汲んだ。見ると姉は筒を持ってしゃがんだまま固まっていた。

「あ、あの、どうやって入れればいいですか?」

 なるほど、そこからか。そういえば身を清めるときは林杏がついていたうえに、井戸の水汲みは林杏の仕事だった。姉は本当になにも知らないのだ。しかしそれは、前世の両親が、姉を逃がさないようにするため。姉もある意味被害者なのだ。

「まずはですね……」

 林杏は丁寧に水の汲み方を教えた。姉は筒から出てくる空気を見て「ほう」と目を丸くしていた。

 水を汲み終わると、林杏は姉と洞くつに戻った。次にじんわりと赤く灯っていた火を大きくするために、新たに薪や火口を置く。

「火をつける方法は後日お教えしますね」

「はい」

 林杏は手早く火を起こす。次の指示を出そうと姉のほうを振り返ると、彼女は目を丸くしていた。

「すごいです。まるでなにかの術を使ったみたい」

「大丈夫です、あなたもできるようになります。さて、それでは干したキノコを鍋の中に入れてください。干した食材は基本的に水で戻すのに時間がかかります。最初に行ない、そのあいだにほかの準備をするのがいいでしょう」

「わ、わかりました」

 林杏は腰に提げている小刀を手にとった。

「じゃあ入れるキノコを切っていきましょう。もちろん干したキノコだけでも問題ありませんが、昨日採ったものがあるので入れましょう」

 林杏は刃先を自分のほうに向けて、小刀を姉に渡した。姉は恐るおそる小刀を受けとる。そしてまた板の上にキノコを置き、左手に握った小刀を思い切り振り下ろした。当たり所が悪かったのかキノコが林杏の額を直撃した。

「あ、ご、ごめんなさいっ」

「いえ、大丈夫です。切り方をお教えしますね」

 林杏は姉に刃物は利き手で使うこと、そして空いた手で切るものを押さえることを教える。姉は小刀を握る手を左から右に変えた。

「そして刃物をキノコに当ててください。そう、そうです。それで1度前へ押してから、手前に引いてください。ゆっくりで大丈夫なんで」

 姉は肩に力が入った状態でありながらも、なんとかキノコを半分に切ることができた。

「やった、できましたっ」

「お上手です。その調子で、さらにキノコを半分に切っていきましょう」

 林杏は根気強く、姉がキノコを切り終わるのを待った。自分ならとうに最終的な味つけまで行なっているだろう。しかし急かしたところでうまくなりはしない。この5ヶ月のあいだに姉には自分で生きていく力を身につけ、自力でできるのは楽しいと知ってもらう必要がある。

(まだ夏だし、時間はいくらでもあるからいいか)

 林杏は肩に力が入ったままの姉を見守りながら火の大きさを調節した。

 すべてのキノコを切り終わったころには、すっかり夜になっていた。

「で、できました」

「お疲れさまです。では火にかけている、この鍋にキノコを入れてください」

 姉が一生懸命キノコを切っているあいだに火の上に置いた鍋を指さす。すると姉は切ったキノコを1つずつ鍋に入れていく。林杏は姉から小刀をもらうと手のひらも利用して、たくさんのキノコを鍋に加える。

「こんな風にすると、1度にたくさんの具材を入れることができます」

「まあ」

 姉は思いつかなかったらしく、驚いていた。

 味つけは林杏が行なった。2人分なので塩をいつもの2倍ほど入れる。それにこの山の水は甘いので、塩を少し多めに入れなくてはいけない。

荷花フーファさんが思ったよりたくさん持たせてくれてよかった)

 また荷花にはなにかお礼をしなくては。そんな風に考えていると、ようやくキノコ汁ができた。念のために味見をする。問題なさそうだ。

「できました。食べましょう」

「はいっ」

 林杏はキノコ汁を器によそい、1つを姉に渡した。

「どうぞ。では、いただきます」

「いただきます」

 キノコ汁を食べながら林杏は夜空を見る。

(今、どれくらいの時間なんだろう? 月の位置がわかればいいけど、今は雲が出てるし。まあ、気にしなくてもいいか)

 林杏は姉を見た。姉はキノコ汁を食べながら笑みを浮かべている。

「初めての料理はいかがでしたか?」

 林杏が尋ねると、姉は食べる手をとめて答えた。

「とても大変でした。キノコを切るだけでもあんなに時間がかかるんですね」

「慣れればもっと早くなりますよ。いろんなことをやっていきましょう」

「はい、よろしくおねがいします」

 姉は座ったまま頭を下げた。林杏も「こちらこそ」と言って姉と同じ動作をした。



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