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43.蔓細工

 キノコを洗い終わり、姉の様子も落ち着いたので、林杏リンシンは姉と共に洞くつに戻った。姉には念のために安静にしてもらい、昼食は林杏がキノコ汁と焼きキノコを作った。

 焼きキノコを食べながら、林杏は姉に提案する。

「これから気温が上がるばかりでしょうから、日影で蔓の細工でも作りましょう。今回は私が蔓をとってくるので」

「は、はい。わかりました、おねがいします」

 林杏は太陽の位置を確認する。

(だいぶ高いな。山の中を歩くときは長袖のほうがいいから、気温は少しでも低いほうがいい。今から行くか)

 林杏は手早くキノコ汁と焼きキノコを胃の中へ入れた。

「では今から蔓をとってきます。日影にいてくださいね」

「はい」

 林杏は小刀を持って、山頂側へ歩を進めた。


 蔓だからといって、なんでもいいわけではない。丈夫でしなやかなものが1番だ。林杏は蔓の強度を確かめながら、切っていく。本来は編み方を教える林杏と、姉の2人分でいいのだが、なにせ姉は蔓細工を作るのも初めてだ。材料が使えなくなっても大丈夫なように、少し多めに持って帰ることにした。

 木々のおかげで多少涼しくなっているが、葉や枝のすき間からは強い日差しが入ってきている。

(ここがそれほど日当たりのいい山じゃなくってよかった)

 林杏は手早く蔓を入手する。最初からあまり大きなカゴを作らせるつもりはない。最初は小さくていい。才能にもよるが、数をこなさなければ上手にはなれないのだから。

(ああ、網代わりにするカゴもついでに編むか。それで太めの枝を持ち手にして)

 林杏は大量の蔓を持って、洞くつへと戻ることにした。ふと足元を見ると、食べられるキノコが生えていた。

(しまった。貴重な食糧だから持って帰りたい。でも蔓もたくさんあるから両手もふさがってるし……。そうだ)

 林杏は細くしなやかそうなつたを長めに1本切ると、紐の代わりにして蔓をまとめ、背負った。そして周辺に生えているキノコを摘みとる。

(よし、これで食料も手に入った)

 額から汗が一筋二筋と流れる。

(これ以上は私も倒れちゃうな。急いで帰ろう)

 林杏へ洞くつへの道を下った。


 洞くつに戻ってくると姉は指示どおり木陰に座っていた。

「戻りました」

 姉は林杏のほうを見ると、目を丸くした。

「そんなにたくさんっ。な、なにか持ちます」

「それじゃあ、キノコをお願いします。もう少し涼しくなったら、洗いに行きますから洞くつの中に置いときましょう」

 姉は頷くと、林杏からキノコを受けとり洞くつの中へ置いた。林杏は木陰に移動して蔓を置いた。姉も林杏の隣に座る。

「さて、それではさっそく蔓を編む準備をしていきます。それが終わったら最初は小さなカゴから作ってみましょう」

「はい、よろしくおねがいします」

 姉は頭を下げた。

林杏は蔓の束を自身と姉の前に置き、小刀を差し出す。

「まずは蔓の表面を整えましょう。私が枝や葉をとっていくので、こちらの小刀で根や尖った部分を削ってください。小刀はこうやって持って……」

 林杏は小刀の持ち方と削り方を教える。姉に1度やらせてみると、ぎこちないながらも根を小刀で削れていた。

「それではおねがいしますね」

 林杏は折れやすいところで枝を折っていく。姉には別の蔦の根や枝などをとっておいてもらった。

 林杏は姉を横目で見る。慣れないながらに一生懸命、蔦の凸凹(でこぼこ)をならそうとしていた。時折深めにとってしまっているが、なんとかなるだろう。最初に練習で作ったものが、売れるほどの出来になるとは思えない。

(まあ、なんでもやってみてもらうのが1番か)

 林杏と姉のあいだに会話はなく、黙々と作業を続けた。

(本当なら蔓を扱うコツとかも同時に話したいけど、多分頭に入らないよなあ。姉さんの歩幅に合わせるのも大切だし)

 林杏は今の作業に集中してもらうことにした。

しばらくして、林杏は横目で再び姉を見た。最初に比べて手の動きもよくなってきている。林杏はすべての蔓の枝をざっと折り終わったが、姉の作業はまだ終わっていない。本当なら手伝いたいところだが、小刀は1つしか持ってきていない。少々暑いが、キノコを洗いにいくくらいしか、することがなさそうだ。

「あの、私キノコを洗ってきますね」

 返事はない。姉は相当集中しているようだ。作業に集中できているということは、少なくとも退屈には思っていないのだろう。林杏は少し安心しながら、キノコと飲み水を入れる筒を2つ持って川へ向かった。


 キノコを洗い終わり戻ってくると、ちょうど姉も蔓の下処理が終わったようだった。

「できました」

「お疲れさまです。少し休憩しましょう。どうぞ」

 林杏はキノコを洗うついでに汲んだ水を入れている筒を渡した。姉は「ありがとうございます」と礼を言うと、遠慮がちに受けとり水を飲んだ。

 林杏は念のために蔓の状態を確認する。均一ではないが練習で使う分には問題なさそうだ。林杏は幼い頃、母親に教えられたときのことを思い出す。たしか林杏がやった蔓のほとんどは千切れかけていたので、何度も蔓の表面を整える練習をした。

「初めてでこれなら十分です。手先が器用なんですね。上手です」

「ありがとうございます」

 姉ははにかんだ。

 少し時間が経ってから、林杏は姉に蔓細工を教えることにした。まずは6本の蔓を渡し、蔓の置き方を教える。

「蔓のカゴを編むときには、このように2本ずつ置きます」

 林杏は2本の縦に置き、その上に別の2本の蔓を横向きに重ねた。

「それから別の1本の蔓を用意します。これを時計回りに巻きつけて……」

 林杏は手を動かしながら教える。姉は首を傾げたり、「どうやったんですか?」と尋ねてきたりすることも多かったが、一生懸命とり組んでいた。

(これで蔓細工が上達すれば、姉さんもなんとかお金を稼ぐことができる。そうすれば、それを元手に別のこともできる)

 林杏は姉の横顔を眺める。手元に真剣な眼差しを向けている姿は、前世では見られなかった。林杏はかすかな喜びを噛みしめた。

 しばらくすると、姉が「できましたっ」と嬉しそうな声を上げた。手のひらにのるほどの小さなカゴは、すき間が多く形がいびつだったが、人によっては味があると捉えるだろう。

「おめでとうございます。これからも練習を繰り返しましょうね」

「はい。いろいろ教えてください」

 姉の笑顔は見たことがないくらい、輝いていた。


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