それから
最初は体力がなく、そんな自分を恥じていた姉だったが、地面を踏む足は次第に力強くなり、季節も秋の盛りとなった。
「今日採ったキノコは半分を売って、残りは冬への保存食にしましょう」
「わかりました」
飛んで数時間の大きめな町にキノコを売りに行くのは、姉の役目だ。林杏が山から修行の関係で出られないと言うと、快く引き受けてくれた。
姉と共にキノコを採るために、山頂側へ歩く。すると姉があることを口にした。
「そういえば、この山のことで変わった話を、商店のおじさまに教えてもらったんです」
近頃はキノコなどを持ち込んでいる商店の店主とずいぶん仲よくなったらしく、姉はたびたび楽しそうに話してくれる。
「変わった話?」
「はい。なんでもこの
林杏はこの山に来た最初の頃のことを思い出した。
(そりゃ山頂に着かないわけだ)
そしてあのとき、山頂を目指し続けなかった自分を褒めたい。しかしそんなことを知らない姉に「どうかしましたか?」と首を傾げられた。
冷たい風が吹く。
(もうすぐ、冬になる)
できれば洞くつの出入口をなにかで塞ぎたい。
(
姉にとっては、初めての寒い冬。この人は冬をどう感じるのだろうか。
林杏は姉を見る。姉と日々を過ごせば過ごすほど、なんとも言えない気分になってくる。
(前世では厳しく当たられていたのに、こうやって別人物としてなら、こんなにも穏やかな人として生活していける。……なぜ前世で私はあんな接し方をされていたのだろう。姉の中で、いったいなにが変わったんだろう)
聞いてみたい気持ちと、知りたくない気持ちが天秤にのっているかのように、揺れ動く。そんな気持ちを誤魔化すように、林杏はキノコを採ることに集中した。
姉がキノコを売りに行っているあいだ、林杏はキノコの下処理と保存食作りを行なうことにする。
(姉さんも最初に比べて、いろんなことができるようになった。これで少し安心できる。……この修行で姉さんと出会えたのは、幸運なのかもしれない)
もちろん1人のほうがいいこともあっただろう。しかし道院では
(もしかしたら、ひっそり泣いた時期があったのかもしれない)
ふと仙人になったあとのことを考える。霊峰では仙人だけが暮らしているという。
(霊峰、大きかったな。あそこにすべての仙人がいるとして、そして全員が生きてるとして。……それでもなかなか出会えないんじゃないだろうか。それなら霊峰に行ったあとは……たった1人で生きていくことになる、のか?)
いつも雲が覆っている山に、1人で暮らす。想像するだけで心がひんやりとしてくる。
(私はきっと、生かされている。友人に、両親に。……ううん、それだけじゃない。村の人たち、道院にいる人たち。食べ物を作ってくれる人、売ってくれる人、届けてくれる人。顔も知らない人たちにも、私は支えられている)
誰一人欠けても、林杏は今この場にいなかったかもしれない。以前姉に話したときは頭でしか理解してなかったような気がするが、今は心の底から納得している。
(じゃあ、1人になるかもしれない仙人って、いったいなんなんだろう?)
一般的に仙人は尊敬される存在だ。しかしそれほどえらいのだろうか。
ふと、今までの修業のことを思い出す。基本的な修行はともかく、この転生者だけの修業は1人では課題を乗り越えることは難しかっただろう。
(将来的に1人で暮らすはずの仙人になるなら、孤独に耐えられるように修行をするものなんじゃ?)
しかし実際は反対の、助け合うことが前提とされた内容だった。手の動きが止まる。
(待てよ、もしも修行の意図が反対なら? 仙人になるのに必要なのは、孤独に耐えられることじゃなくって、支え合うことだったら? 支え合えるようにするために、修業が行われているとしたら?)
点でしかなかった考えが次々と繋がっていくような感覚がした。
(仙人の本質は1人で生きていくことじゃなくって、互いに認め合って支え合って生きていくことなんじゃ?)
それならば、なぜわざわざ霊峰に住むのか。人のいる村や町にいてもいいのではないか。しかしその考えをすぐに否定する。
(姉さんのような【
林杏は再び手を動かし始める。
(姉さんには、幸せになってほしい。私は結婚をする気もないし、できると思わないけど、姉さんと互いに支え合う関係の人ができればいいな)
幼い頃に抱いていた羨ましさは、まるで雪が溶けるように姿を消した。