目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

転生者試験編

1.髪飾り

 春天山チュンティエンざんから帰って昼食を食べた林杏リンシンは、昼食のあとに荷花フーファへのお礼のお菓子を買いに行った。そして借りていた食器とお礼を渡してからすぐに眠った。

 起きたのは早朝だった。まだ空は暗い。一体何日眠っていたのだろうか。

(もう1回寝る気にはなれないし。……起きるか)

 林杏は寝台から出て、身なりを整えた林杏は浩然ハオランがくれた髪飾りをつける。林杏は明かりを持って寝台にのり、窓に写った自分を見た。なかなか似合っている気がする。

(髪飾りなんてもらったの初めてかも。浩然さんってやっぱり真面目なんだな)

 林杏は自然と口元をほころばせた。髪飾りの見た目もかわいらしい。林杏はこの髪飾りをとても気に入った。

 さて、せっかくこの時間に起きたのだ。なにか変わったことをしてもいいかもしれない。しかしどんなことをすればいいのか、これといって思い浮かばなかった。

(外、寒いんだろうな)

 果たして深緑シェンリュは町で無事家を借りられただろうか。

(今のあの人なら、もう大丈夫だろうけど)

 林杏が窓の外をそんな風に考えながら外を眺めていると、人影が現れた。よく目を凝らしてみると浩然だった。林杏は思わず窓を開けて、小声で浩然を呼んだ。

「浩然さーん」

「どうしたんだ、こんな時間に」

「なんか目が覚めちゃって。浩然さんこそどうして?」

「オレはいつもこの時間から起きて付近を走っている。体を鍛えれば精神力もついてくると思ってな」

 まさか精神を鍛えるために、わざわざ走っているとは。やはり真面目である。すると浩然は視線を逸らした。

「その、つけてくれてるんだな。それ」

 それ、とは髪飾りのことだろう。林杏は「はい」と頷く。

「私、髪飾りなんてもらったの初めてで嬉しくて。浩然さん、ありがとうございました」

「そうか。その……似合っていてよかった」

 浩然の言葉で林杏はさらに機嫌がよくなる。

「オレはそろそろ行く。それじゃあ」

 本音を言うともう少し話したかったが、浩然の日課を邪魔するのも申し訳ない。林杏は「それじゃあ」と小さく頭を下げてから、窓を閉めた。

(似合ってるようでよかった。それにしても浩然さん贈り物するの上手だな)

 林杏はふと故郷でのことを思い出す。誕生日に星宇シンユーがくれたものは、鳥の模型だった。とても上手で嬉しくはあったのだが、乙女心としてはもう少しかわいいものがほしかったと思ったことを覚えている。

(まあ、星宇だし。……星宇、彼女できたかな? あの子、鳥がいたらずっと観察しちゃうからなあ。懐が深くて辛抱強い人……年上とかいいと思うんだけど。いつか星宇の結婚式に行って、おめでとうって言いたいな。きっと花嫁さんは着飾っててきれいで、星宇もきちんとした格好してて)

 林杏はそんなことをぼうっと考えながら、少しずつ白くなっていく空を眺める。

 どれくらい時間が経っただろうか。周辺を走ってきたらしい浩然が戻ってきた。声をかけようか、と考えた瞬間、目が合う。林杏は微笑んだまま頭を下げた。すると浩然がこちらに近づいてきた。窓を開ける。

「もしかしてずっとそこにいたのか?」

「あー、はい。ぼけっとしてました」

「せめてなにか羽織れ。風邪をひく」

「それもそうですね、ありがとうございます。浩然さんはこのあともなにか運動されるんですか?」

 林杏が尋ねると浩然は首を横に振った。

「このあとは水浴びだけして、柔軟体操をするくらいだ。どうかしたか?」

「ああ、いえ。ただ時間を持て余してしまって。普段晧月コウゲツさんとおしゃべりをすることが多いんで、1人で時間を潰す方法がいまいちわからないんです」

「たしかにあいつずっと喋ってそうだな。故郷ではどうだったんだ」

「そうですね……基本的に山で蛇や獣たちが畑を荒らさないように平伏させたり見まわったりしてたんで」

「なるほどな。平伏の力を得ていたのか。だから蛇穴の修業のとき、あれだけ機敏に動けていたんだな」

 浩然は納得しているようだった。そういえば浩然とこうやってじっくり話すのは初めてだ。林杏はあることを提案した。

「そうだ、このままお話しませんか? 外は寒いですし、よかったら私の部屋にでも」

 すると浩然はなんとも言えない顔をした。

「年頃の女性がそんなことを言うんじゃない。勘違いされるぞ」

「勘違い?」

 一体なにを勘違いするというのだろうか。林杏は思わず首を傾げた。すると浩然はなにかに気がついたかのような顔をして尋ねてきた。

「まさか、虎野郎の部屋に行ったり、お前の部屋にきたりは……?」

「え、してますよ? しょっちゅうです」

 浩然は上を向いて、手で顔を覆うと深く溜息を吐いた。なにか気を悪くさせただろうか。浩然は林杏を見る。

「喋るのは構わん。ただ、食堂に行くぞ。あそこはこの時間でも開いている」

「え、そうなんですか? それじゃあ食堂で待ってますね」

「ああ、オレもすぐに向かう」

 林杏は窓を閉め、食堂へ向かった。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?