(そう考えると食堂の人たちって、かなりすごいんじゃ?)
厨房を見ていると
(そういえば荷花さんっていつでもいるな。ちゃんと休んでるかな?)
林杏が荷花のことを心配していると、浩然がやってきた。
「待たせたな」
「いえ、ありがとうございます」
林杏と浩然は入口から1番離れた席に移動し、腰を下ろした。入口付近はやはり寒いので、食事のときもあまり座りたがる人がいない。
「といっても、オレはあの虎野郎みたいに口が動かんぞ」
「全然大丈夫です。
「……あの虎野郎のこと、よくわかっているんだな。付き合いはそれほど長くないんだろう?」
「ええ、この道院に来る牛車の中で初めて会いましたから。でも、私は晧月さんのこと、それほどわかってないんですよ」
頭の中に浮かんだのは、晧月の生まれのこと。帝の子どもだという事実は誰にも言えないが、あのときの驚きは一生忘れないだろう。
そのとき浩然がなにか言ったような気がした。
「浩然さん、なにか言いました?」
「え、あ、い、いや、なにもない」
あたふたとする浩然の頬がなんとなく赤いような気がする。
「浩然さん、なんか顔赤いですけど、熱とかありません? ちょっとごめんなさい」
林杏は浩然の額に手を当てた。林杏と会う前に水浴びをすませたのか、体毛が少し湿っている。もう片方の手で自分の額を押さえる。浩然のほうが林杏より少し体温が高いようだが、熱があるようには感じられない。
「大丈夫そうですね。よかったです」
林杏がそう言って微笑むと、浩然は「ああ」と言って顔を入口側に向けた。視界に入ったので少し体を反らし浩然の尻を見ると、思いきり尻尾を振っていた。
(熱がなくて嬉しいのかな?)
林杏は小さく首を傾げる。浩然は晧月ほど人柄がわかっていないので、見当がつかない。しかし、これを機に浩然のことを知ってもいいだろう。
「そうだ、浩然さんはなんの能力を得て転生したんですか?」
「ん? あ、ああ。オレは水上歩行の力だった」
浩然が再びこちらを向いて返事をした。顔色は元に戻っていた。
「そうだったんですね。私は親の目を盗んで山に入ってました」
おかげで村の畑が荒らされることはなかった。また
「なんでまたわざわざ内緒で。山に行くと言ったほうが両親も安心するだろうに」
「両親には平伏の力のことは言いたくなかったんです。親がついてきたら平伏できませんし、一定の年齢にならなければ入山は許してくれなかったでしょうから」
林杏がそう言うと浩然は「そうか」とだけ返した。
「浩然さんは水上歩行の力をどんな風に使っていたんですか?」
「いや、オレは力をまったく使ってこなかった。環境としても使うような場所ではなかったからな」
「そうなんですね」
会話が途切れる。しかしそこに居心地の悪さは不思議とない。最初の頃から考えると信じられないことだ。
しばらく静かにしていると、浩然が口を開いた。
「その、なにか気の利いたことを言えればいいんだが」
「ああ、いえ。浩然さんといるの、なんだか落ち着いちゃって」
「そ、そうか。……お前はあの虎野郎といるときも、そんな感じなのか?」
「そんな感じ、とは?」
林杏が首を傾げると、浩然は「いや、なにもない」と言って天井を仰いだ。なにかおかしなことを言っただろうか。
その後も時折話しながら、浩然と時間を過ごした。朝食の鐘が鳴るとすぐに並んで、朝食を受けとった。今日の受付は荷花だった。
「おはようございます、荷花さん」
「おはよう林杏。あら、今日は白虎の人じゃないのね」
「はい。私のおしゃべりに付き合ってもらいました」
「いろんな人と交流するのはいいことよ。視野が広がるから。すぐに食事用意するわね」
「はい、お願いします」
荷花が「
「やっぱり鐘が鳴ってすぐは空いてますねー」
「そうだな。朝の修業も終わっていないだろうから」
浩然は干し肉を齧りながら答えた。
(晧月さん、起きれるかな?)
晧月はあまり朝に強くないようなので、まだ眠っているかもしれない。
「そうだ、私たちが修行から帰ってきて、何日経ったんですかね?」
「今日で3日目だな。そろそろ新しい修行か試験の話があってもおかしくないな」
「たしかにそうですね。次が新しい修行だとしたら、どんなことをするでしょうか?」
「さあな。予想もつかん。天佑(チンヨウ)さんは食えない人だからな」
天佑については浩然も、晧月と同じ印象を持っているらしい。
(私ももっといろんな人と出会えば、そんな風に感じるのかな?)
林杏は干し肉を齧りながら考えた。