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3.試験開始

 朝食後、浩然ハオランと別れて自室に戻ってしばらくすると、天佑チンヨウの補佐がやってきた。

「天佑様がお呼びです。ご案内します」

 補佐のあとをついていく。するとそこは基本的な修行で時折使っていた建物だった。すでに晧月コウゲツと浩然が来ている。

「晧月さん、浩然さん」

 林杏が名前を呼ぶと、2人が振り返った。晧月が「おう」と片腕を上げる。

「まーた修行だな。今度のはしんどくなかったらいいけどな」

「そうですね」

すると天佑が入ってきた。話をやめ、横1列に並ぶ。

「お疲れさまでした。次は試験に入ります」

 試験、と言われ林杏の肩に力が入る。まさか試験とは。しかし合格すれば、ごうを受けられるかもしれない。なんとしても受からなくては。

「これより竹簡を配ります。そこに書かれている人物を1年見守りなさい。見守る人物の周辺の運を操作するのは禁じます。見守るときはこの道院、もしくは自室で行うように」

 そう言って天佑は3本の竹簡を、それぞれに裏向きで手渡した。林杏は竹簡をひっくり返した。そこには【深緑シェンリュ】と書かれていた。

(とことん縁を繋げてこようとするなあ)

 だが確かに深緑がきちんと暮らせているのか、気になってはいた。そう考えるとちょうどいいのかもしれない。

 天佑は竹簡を回収すると「では」と建物を去った。

「なあ、林杏。見守るってどういうことするんだ?」

 晧月の言葉はもっともだ。

「一般的には目を離さず、危険なときには助けるって感じでしょうか」

「ほーん。そんな感じでいいのか。それにしても1年って長いな、そう思うだろ犬野郎」

 晧月が建物から出ていこうとする浩然に声をかけた。浩然は特に嫌そうな表情を浮かべることなく答えた。

「仙人になれば多くの人たちを見守ることになる。その前に適正を見たいんだろう」

「うへえ、思った以上に分析的な答えが返ってきた。あのなあ、犬野郎そういうときは『そうだな』でいいんだぜ」

「お前が聞いてきたんだろうが……」

 以前より仲よくなっているためか、晧月と浩然のやりとりに棘はない。

「お2人とも、いつの間にか仲よくなったんですね」

 林杏がそう言うと、晧月はにんまりと笑い浩然の肩に腕を回した。

「まあな。ちょっとこいつの協力者になってな」

「協力者? なにか力が必要なら私もお手伝いします」

 林杏がそう言うと、晧月は「いやいや」と首を横に振る。

「これは男同士にしかできないことなんだ。いや、違うな……林杏は今までどおりに過ごすことが協力になるな。だから今のままでいてくれ」

「は、はあ。そうなんですか? それじゃあ、今までどおりに過ごしますけど」

 林杏にはなにに協力するのかわからないが、今のところ特別なことをする必要はなさそうだ。

「浩然さん、なにかすることがあれば言ってくださいね」

「……ああ」

 返事をする浩然の表情は少しぎこちなく、腕をほどき隣で立っている晧月はクスクスと笑っていた。

「とりあえずオレは部屋に戻る」

 そう言って浩然は自室に戻った。晧月を見るとまだ笑っていた。

「晧月さんはどうします?」

「はー、おもしろ。おっとそうだな、俺もとりあえず部屋に戻るわ」

「それなら私も」

 林杏と晧月は共同宿舎まで共に移動し、それぞれの自室に戻った。


 林杏は椅子に腰かけると、さっそく千里眼で深緑を見てみることにする。

 深緑はたしか春天山チュンティエンざんから数時間ほど飛んだところにある町に行ったはず。林杏は深緑の姿を探した。

(いた)

 服は新しくなっており、口元に笑みを浮かべている。買い物帰りだろうか、野菜などが入った蔓のカゴを持っている。

深緑は横に繋がっている集合住宅の扉の1つを開けた。扉には【深緑診療所】と書かれた看板がかかっている。

(本当に診療所をひらいてる)

 林杏はついでに部屋を観察することにした。患者を治すところと、私生活を送るところは分けているようだ。深緑は奥の部屋へ買ったものを置きに行った。

(奥の部屋って見ていいのかな? うーん、私生活なんて覗かれたくないよねえ、どうしよう)

 そんな風に考えていると深緑の家の扉が開く音がした。

「すいませんっ」

 扉の外側にいたのは、つぎはぎだらけの服を着た女性だった。腕の中には4歳くらいの少女が抱えられている。少女の全身には赤い発疹が出ており、息苦しそうだ。奥の部屋から深緑が出てくる。

「どうかされましたか?」

「あの、娘が、娘が苦しそうで。でも、医者に連れていくお金がなくって。それで、こちらだと無料で診てくださるって聞いて」

「わかりました。娘さんの状態を診ましょう。どうぞ中へ」

 深緑に言われ、女性は室内に入った。診療所として使われている部屋には畳が敷かれており、寝台が2つあるだけだった。治療道具もなにもない。女性は不安そうだ。

「お嬢さまを寝台へ」

「は、はい」

 女性は深緑の指示どおりにした。横たえられた少女の隣に立ち、深緑が治療を始める。はたから見れば見つめているだけだが、林杏にはわかる。今、深緑は少女の気の流れを見ているのだ。そして深緑の指が動き出す。林杏は千里眼を使ったまま、少女の気の流れを見た。深緑の手によって整えられていく。少女の体を見ると、次第に発疹は消え、呼吸も穏やかになっていった。

 深緑は手の動きを止めると、女性のほうを見た。

「もう大丈夫ですよ。よかったら目が覚めるまでここにいてください」

「ああ、ありがとうございます、ありがとうございますっ」

 女性は目に涙を浮かべながら、頭を下げながら深緑に礼を言った。そんな女性に深緑は続けて言う。

「お母さまも心身ともにお疲れでしょう。こちらの寝台をお使いください。お嬢さまが目を覚ましたら、声をかけますから」

「そ、そんな、あたしにまで……。ありがとうございます、それではお言葉に甘えさせていただきます」

 そう言って女性は空いている寝台に横たわった。深緑は奥の部屋から蔓細工に使用するもの一式を持ってくると、2台の寝台のあいだで作業を始めた。

(また腕前が上がってる。これなら十分な金額で買い取ってもらったり、売ったりできそう)

 深緑が逞しくなっていっているのが嬉しく、林杏は自然と笑顔になる。

 深緑の蔓細工が完成に近づいてきた頃、少女が上半身を起こした。

「あら、起きましたか。お加減はいかがです?」

 少女は目をぱちくりさせながら「全然苦しくない」と答えた。

「よかったです。……お母さま、お母さま。お嬢さまが目を覚ましましたよ」

 深緑は女性の肩を軽く揺すって起こした。女性はゆっくり起き上がる。

「お母さん」

 女性は寝台から飛び起き、少女を抱きしめた。そして女性は少女を抱きしめたまま、深緑を見る。

「本当に、本当にありがとうございました。……実はこの子の兄弟2人も同じ病気で亡くなっていて、この子まで死んでしまったらと思うと恐ろしくて。ありがとうございました」

「いえ、お力になれてよかったです。お嬢さまは念のためにしばらく安静にさせてくださいね」

「わかりました。本当にありがとうございます。さあ、帰ろう」

「うん。お姉ちゃん先生、ばいばい」

「ばいばい」

 深緑は少女に手を振った。女性は深緑に何度も頭を下げながら部屋を出ていった。深緑は小さく溜息を吐くと寝台に敷いてあった布をそれぞれはがす。そして濡らした布で寝台をしっかり拭くと、敷いてあった布を持って外へ出た。桶を使って布を洗いはじめる。

(よかった、思ったよりしっかりやれてる。きっともう大丈夫)

 林杏は休憩のために千里眼を使うのを中断した。


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