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4.道院のお茶会

 次の日、朝食を終えて林杏リンシンが自室にいると、扉を3度叩く音がした。

「はい」

晧月コウゲツだ。今大丈夫か?」

「はい。開けますね」

 林杏が扉を開けると、そこには晧月と浩然ハオランが立っていた。

「あ、浩然さんも。お二方、どうかされたんですか?」

「犬野郎が茶葉持ってるらしいから、3人で茶でもどうかと思ってな」

 見ると晧月は自分のものらしい椅子を、浩然は茶を淹れるための道具一式を持っている。

「わあ、嬉しいです。どうぞ入ってください」

 林杏は2人を自室に招き入れた。浩然に椅子を使ってもらい、林杏は寝台に座ることにする。

「お湯沸かしますね」

 修行に行っているあいだに配置されていた火鉢に、水を入れた金属製のやかんを置く。

「茶を淹れるのはやろう。この茶葉は温度に癖がある」

 浩然の申し出に甘えることにする。林杏は寝台の上に座った。

「浩然さん、お茶好きなんですか?」

「そうだな。実家にいた頃は両親や兄弟に『部屋がお茶くさい』ってよく言われたからな」

「どんだけ集めてんだよ」

 そんな風に話していると、やかんの口からうっすらと湯気が立ってきた。浩然が立ち上がり、慣れた手つきで茶を淹れ始めた。部屋に茶の香りが広がり、自然と心がほっとする。

「この茶葉は蒸らし時間が長いから、もうしばらくかかるぞ」

「ほー、それなら仕事中っていうよりかは、ゆっくりするための茶だな」

「そういうことになる」

 浩然は1拍間を開けて言った。

「この茶葉は桃園の主がくれたものだ。お前たちと飲め、と」

梓涵ズハンさんが?」

 意外な人物の登場に、林杏は驚きを隠せなかった。

(梓涵さんとまたお茶会をするためにも、まずはこの試験に受からなくちゃ)

 林杏は密かに気合を入れた。

 すると晧月が「そういえば」と話題を変えた。

「お前さんら、誰を見守ることになったんだ?」

「教え合っていいもんなんでしょうか?」

前回の修業は籠る山を教えてはいけなかったが、今回は大丈夫だろうか。

「言われなかったらやっていいんだよ、基本は」

 晧月のいつもの言葉に納得と安堵を感じながら、林杏は答えた。

「私は前世の姉でした」

「俺は昔世話になってた人だ。犬野郎、お前さんは?」

「……昔に遊んだことがある男だ。最初はわからんかったがな。それにしても全員なにかしら関わりのある人物の見守りか。なにか意図がありそうだが、それを把握するのも課題か?」

 浩然は腕を組んで考え始める。そんな浩然に晧月はにんまり笑いながら言った。

「そんなもん、簡単だ」

「なに?」

「人は1人で生きていけないし、生きていっちゃいけないからだよ」

「なにを言っている、可能ならば1人で生きていけるほうがいいに決まっているだろう」

 たしかに自立して生きていけるに越したことはない。しかしその1人と晧月の言う1人は違う。林杏にはそれがわかった。

「まだまだ若いなあ、犬野郎は」

「喧嘩を売っているなら買うぞ」

 そう答えながら、浩然は湯呑みに茶を注ぎ、林杏と晧月に渡した。林杏は礼を言ってさっそく茶を口に含んだ。桃のように甘いが、甘みの中に梅のような酸味もある。

(すごくおいしい。これは……売ってたら高いやつっ)

 林杏は少しずつ飲むことに決めた。


 晧月と浩然が部屋を訪ねてきた2日後。浩然が1人で訪ねてきた。

「今いいか?」

「はい、どうされました?」

「……相談したいことがある。食堂で話せないだろうか」

「いいですよ」

 林杏は浩然と共に食堂へ向かった。

 食堂は昼食を終えたため、利用者はいない。厨房内の音が響いている。入口から1番離れた席に向かい合う形で座る。

「でも私でいいんですか? 晧月さんのほうが同性ですし話しやすくないです?」

「ああ。むしろ虎野郎から、お前に相談したほうがいいと言われてな。情けない話ではあるんだが」

「そんな。悩みに情けないことなんてないですよ。私に力になれるなら、お話を聴かせてください」

 林杏がそう言うと、浩然は「感謝する」と礼を述べてから、相談内容を話し始めた。

「オレが見守る相手なんだが、前にも話したが子どもの頃に遊んだことのあるやつでな。といっても、それほど長い期間じゃない。1ヶ月あったかどうか、それくらいだ。だが話が合ってな。それまでに遊んでいたやつらより、ずっと仲よくなった。しかしある日を境に姿が見えなくなってしまった。事情は未だにわからんのだが」

 1度言葉を切り、浩然は続ける。

「だが見守る相手には幼い頃の笑顔はなくてな。ずいぶんと意地の悪い考え方をするようになっていた。そして昨日、唯一の友人だったらしいやつにも絶縁を言い渡されていた。オレは、かつての友を救いたい。だが……そのためにはとても辛い思いをさせなくてはいけない」

 晧月が林杏に相談するように言ってきた理由がわかった。林杏もかつて同じような状況になったからだ。

「だがこのままでは、見守る相手の運も生活も悪くなっていくだけだ。……だが、オレはどうすればいいのかわからん。だから相談させてほしい」

 浩然からすれば、かつての友人が堕ちていくのは見たくないだろう。しかし一時のためとはいえ、かつての友人を不幸な目に遭わせることには抵抗がある。その気持ちはよくわかった。

 林杏は口を開く。

「結論からすればたくさん悩んで覚悟を決める、でしょうか。私は以前に前世での姉を、両親から引き離しました。彼女を幸せにするために。けれど彼女は今までなにもしてきませんでした。だから、私も悩みました。でも……姉は自由を望んでいたので、姉が大変な思いをするとわかっていたけれど、両親と引き離しました」

 林杏は浩然を見る。

「なので、たくさん悩んでからその決断に責任をもってください、としか言えないんです。ごめんなさい、お力になれず」

「いや、そんなことはない。おかげで考えが固まった。オレはあいつを一時的に不幸にするとしても、幸せになるように運を操作する。あんな性格のままでいたら、ろくな人間が寄ってこんだろう。そのまま堕落していき、生まれてきたことを後悔するような人生は歩ませたくない。感謝する……林杏」

 林杏は「は、はい」と返事をしながらも内心驚いていた

(な、名前呼ばれた)

 そして林杏が驚いているあいだに、浩然は彼の自室へと帰った。林杏は驚きが波紋のように残っているなか、部屋に戻った。


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