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5.詐欺師

 自室に戻った林杏リンシン深緑シェンリュの様子を見ることにした。千里眼を使い、深緑の家を見ると、見知らぬ男性がいた。肩より下まで伸びている髪は明るい茶色で、鼻筋はすっきりしている。男性は親しげに深緑の肩を抱いた。

「ってわけで、またちょっと都合つけられないかな?」

「そうなのね。少し待ってて」

 そう言って深緑は奥の部屋に行き、すぐに戻ってきた。その手にはわずかな金銭が握られており、すべて男性に渡す。

「ありがとう、深緑ちゃん」

 男性は深緑の額に口づけを落とす。深緑はぽうっとしており、頬も上気している。そんな深緑と男性の態度を見て、林杏は瞬時に察した。

(金づるにされてるっ)

 今まで家から出ることもなかった深緑が、町で住み始めたのだ、異性を好きになってもおかしくはない。それはいい。ただこの男性は深緑のことを好いてはいない。目の奥には獲物を横取りしようとしている獣と同じ光を宿しているのだから。

「なあ、深緑ちゃん。深緑ちゃんっていわゆる【】ってやつなんだろ? そこで提案があるんだけどさ」

 まさか。林杏は身構える。

「今やってる治療をさ、有料にしない? そうすればボクとの結婚も早くできるし、豊かに暮らせるよ」

 やはりそうだ。この男性、いや男は前世の両親と同じことを、深緑を利用して金銭を得ようとしている。すると深緑は首を横に振った。

「やっぱり困っている人は放っておけないから。ここしかないって来る人もいるの。だから、お金はとりたくないわ。これからもっと頑張って手仕事をするから、もう少し待って?」

「わ、わかったよ。そういう優しいところも好きだよ」

 そんな風に言いながらも男の頬は引きつっている。

(ふざけるな。これ以上深緑さんの邪魔をさせたりしないんだからっ)

 怒りがふつふつと湧いてくる。せっかく深緑が自力で自由に生きていけるようになったのだ。そんな深緑をまた同じ目に遭わせるわけにはいかない。

(なんとかして引き離さないと)

まずはこの男のことを知らなくてはいけない。林杏は深緑の家から出ていった男を見ることにする。

 男は深緑の家を出るなり顔を歪ませた。男はそのまましばらく歩くと、別の長屋に入る。

「帰ったぜ」

 部屋の中には見知らぬ女性。切れ長の目には派手な化粧を施している。

「あら、おかえり。どうだったの? 【生】の女は」

「だーめだ、だめだ。結婚ちらつかせても治療に金をとろうとしねえ。こんな微々たる金もらうために時間使ってんじゃねえんだよ」

「あらら、こんな男にひっかかってかわいそうなお嬢さんだよ。あんたがあたいと結婚しているとも知らないで」

 女性の一言に、林杏は固まる。

(この男、妻帯者かっ)

 この男、想像していたよりもタチが悪そうだ。

 男は女性にすり寄る。

「金づるがまた見つかったってのに、ちくしょう」

「まあまあ、気長になりな。あたいもいい策がないか、考えるからさ」

 なんと女性、いや女まで協力的とは。しかもまた、ということは今までに何人も女性をだましているようだ。

(どいつもこいつも、深緑さんのことを馬鹿にして。絶対に許さないっ)

 しかしこの2人の運を操作することは禁じられている。さて、どうしたものか。

(とにかく深緑さんとこの男を引き離す方法を考えなくちゃ)

 林杏は千里眼を使うのをやめ、部屋でうなりはじめた。


 しかしいい案が思い浮かばないなか、日にちだけが過ぎていった。

(あーっ、どうしよう。どんな風に深緑さんの目を覚めさせればいい? 直接言いに行けたらいいのに)

 天佑チンヨウはこの試験のことを説明するときに、『見守るときは道院、もしくは自室で行うように』と言った。この道院か自室でできることしかやってはいけないのだろう。

そのとき3度扉を叩く音がした。林杏が返事をしてから扉を開けると、そこには晧月コウゲツが立っていた。

「よう。……なんかすっげえ顔してるけど、なんかあったのか?」

「ええ。見守っている人のことで、ちょっと」

「おーおー、それはえらいこっちゃだな。あれだったら話聞くぜ?」

「お願いしていいですか……。どうぞ、お入りください」

 林杏は晧月を部屋にとおすと席を勧め、自身は寝台の上に座る。そして深緑の現状を話した。

「あちゃー。えらい男に引っかかっちまったもんだなあ」

「そうなんですっ。でも見守るのってこの道院か自室でやれって天佑さん言ってたじゃないですか。だから直接言いにいけないし、どうしようかと」

 林杏が腕を組んで眉間にしわを寄せると、晧月が言った。

「え、全然出ていいんじゃね?」

「え? な、なんでですか?」

「だって、天佑さんは見守る『とき』って言っただろ? だから姉貴さんを見守る折にはこの道院か自分の部屋じゃないといけねえけど、それ以外は全然外に出ていいんじゃねえか? 俺はそうだと解釈したぜ」

 目から鱗が出る、とはまさにこのことだろう。林杏の中に希望が灯った。

「だめなら最初から出るなって言うと思うぜ、あの人なら」

「た、たしかにそうですね。ありがとうございますっ、晧月さん。これで忠告ができます」

「そらよかったぜ。姉貴さん、目え覚めるといいな」

「はい。今日の夕食後にでもさっそく行ってみます。この時間は蔓細工を作っているので、邪魔したくないですし」

「ほー、蔓細工。姉貴さん、器用なんだな」

 やはり杏花シンファとして考えるのをやめたとはいえ、前世の姉を褒められるのは嬉しいものだ。

「ええ。今では教えた私よりずっと上手ですよ」

「え、林杏もできるのか?」

「はい」

 林杏が頷くと晧月は感心したように「やっぱりお前さんすごいな」と言った。林杏からすれば国家事業のことを占っていた晧月のほうがよほどすごいと思うのだが。

(よし、夕食後に深緑さんのところに行こう)

 林杏は決心した。


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