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7.林杏と晧月の悩み

 林杏リンシンは今日も深緑シェンリュの様子を見ていた。深緑は奥の部屋で蔓細工を編んでいる。ずいぶんと腕前も上がり、作りも細かい。

(ずいぶん腕を上げたな。本来ならだいぶ安心なはずなのに、あの詐欺師男のせいでっ)

 林杏は頭を掻きまわしたくなった。目下の悩みの種である、深緑に近づいている詐欺師の男をなんとかする方法が、見つかっていないのだ。

(でも深緑さん以外の人の運を操作するのは禁止されてるし。ううー、どうやって引き離そう……)

 てっとり早いのは、男を脅して離れさせる方法だが、深緑の心が男に囚われていては意味がない。深緑が心の底から、あの男が不要であると思わせなければいけない。

 そのとき「深緑ちゃーん」と猫なで声が聞こえた。どうやらあの男が来たらしい。林杏は自然と怒りがこみ上げてくる。

波健ボージエンさん、いらっしゃい」

 どうやら男は波健というらしい。波健の後ろには怪我をした体格のいい男が立っている。目つきは鋭く、頬に一筋の傷跡があり、とてもではないが堅気には見えない。

「深緑ちゃん、悪いんだけどこの人治してあげてくんない? ボクの知り合いなんだけど」

 深緑は波健と体格のいい男を交互に見るも、「わかったわ」と頷いた。深緑は体格のいい男を寝台に寝転がらせて、治療に入る。

(今治療してる男、絶対ろくなやつじゃない。……この波健とかいうやつの身の回りを調べる必要がありそう)

 そのとき、深緑の治療が終わった。傷のある男は片腕を大きく回した。

「おー、本当にすぐ治るんだな。こいつはいいぜ。また頼むわ」

 そう言って傷のある男は出ていった。波健は「じゃあ、またね」と言って体格のいい男のあとを追った。

 林杏は千里眼を深緑から波健に移す。

「本当にすぐに治るんだな。これならでかい抗争があっても安心だぜ」

「それは、ようござんした。あの、それでお話していたものをいただけませんか?」

「おう、そうだったな。ほれ」

 傷のある男は懐から小さな袋をとり出し、波健に渡す。波健は「失礼」と言ってその中身を確認しはじめた。林杏も袋の中身を見る。入っていたのは金銭だった。

前世の両親あのひとたちと同じことしてる。絶対許さないっ)

 林杏はふつふつと、さらに怒りが湧いてくるのを感じた。なんとしても波健と深緑を引き離さなくては。

 そのとき、鐘の音が大きく響いた。昼食のようだ。

(絶対になんとかしてやるっ)

 林杏は怒りを抱えたまま、食堂に向かった。


 食堂に行くと晧月コウゲツが早くも席につき、食事をとっていた。

「晧月さん、早いですね。お隣いいですか?」

「おう、林杏か。もちろんだぜ」

 林杏は食事を机の上に置き、椅子に腰を下ろした。干し肉を齧る。

「ところで姉貴さんはどうよ?」

 晧月の質問に林杏は顔を歪ませて答えた。

「どうもこうもありません。また金づるにされてました、しかも彼女の両親と同じ方法で」

「あちゃあ。そいつはなんとかしたいところだな」

「そうなんです。でも、まだどうすればいいか、わからなくて」

「なるほどな」

「晧月さんのほうはどうですか?」

 林杏が尋ねると晧月は口をへの字に曲げた。

「俺は見守ってる人をどうすればいいか、まったくわかんくってな。……そうだ、林杏。お前さんの状況も大変だと思うんだが、よかったら相談に乗ってくれないか?」

「もちろんですよ。どこか場所を移したほうがいいですか?」

 林杏の返事を聞くと、晧月は少し考えてから「俺の部屋にするか」と言った。

「わかりました。じゃあ食事が終わったら直接伺いますね」

「おう。悪いな。犬野郎から茶葉でも強奪して待っとくわ」

 食事を終えた晧月は一足先に食堂を出た。

(まさか本当に浩然ハオランさんから茶葉もらったりしないよね?)

 林杏は干し肉を齧りながら少々不安になった。


 食事を終えた林杏は晧月の部屋に着くと、扉を3度叩いた。

「晧月さん、林杏です」

「おう、悪いが入ってくれ」

「失礼します」

 林杏は扉を開け、晧月の部屋に入った。ふわりと香ばしい茶葉の香りがしている。どうやら本当に浩然から茶葉をもらってきたようだ。

(浩然さん、なんかごめんなさいっ)

 林杏は心の中で謝った。晧月に席を勧められたので椅子に腰かけると、そばにある机の上に湯呑みを置かれる。

「犬野郎から強奪してきたやつ、俺でも入れられる茶葉だから味は大丈夫だと思うぜ」

「い、いただいていいんでしょうか」

「いいんだよ。本当に嫌なら断るからよ、犬野郎は」

 それもそうだ。林杏は「じゃあ」と言って湯呑みに口をつける。

「おいしい」

「だろ? あいつ、本当に茶が好きみたいでな。部屋がすごく茶葉の匂いしてたわ」

 そういえば浩然は以前、兄弟や両親に部屋が茶葉臭いと言われていた、と話していた気がする。そこまで言われると少し気になってしまう。

「それで晧月さん、お悩みというのは?」

 お茶のおいしさをもう少し味わっていたい気もするが、あまり長居しても迷惑だろう。林杏は本題に入ることにした。



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