「最近、2つの髪飾りを交互につけてるわよね? どっちもかわいいなって思ってたの」
「ありがとうございます。実はいただきもので」
「あら、男性から?」
「ええ、
「え? あなたたち、そういう仲だったの? なんだか意外だわ」
「ええっと、そういう、とは?」
林杏は首を傾げた。すると荷花は林杏をじいっと見つめ、「やだ、本当にわかってないのね」と呟いたあと、満面の笑みで告げた。
「犬の人、あなたのことがとても大切なのねえ」
「そういえば、前にそんな風におっしゃってくれたことがありました」
「……犬の人、すごく苦労してるみたいね」
「え、私、やっぱり浩然さんに迷惑をかけてます?
もしもそうなら、誠意をもって謝罪するべきだ。すると荷花は笑みを浮かべたまま述べた。
「大丈夫よ、悪い話ではないから。なるほど、だからあの白虎の人は、いつもあなたたちを見ているとき、ニコニコ笑ってたのね」
「え? そうなんですか?」
初めて知る事実だ。荷花は頷く。
「もうね、嬉しくてたまらないって顔で。なるほどねえ、そういうことなら、あの笑顔も納得だわ」
もしかしたら、浩然が新たな友人となって嬉しいのかもしれない。彼の出自は表に出せない。浩然は2人目の友人なのだろう。
「
林杏がそう言うと、荷花は視線を斜め上に向け、小さく頷いた。なにを考えているのだろうか。
「ねえ、林杏は恋ってどんな感情かわかる?」
唐突だ。なぜ浩然や晧月の話から、恋へ話題が移るのか。不思議に思いながらも林杏は首を横に振った。
「以前に浩然さんや晧月さんにお聞きしたこともあるんですが、まったくわからず……」
「つまり初恋もまだってわけね」
「はい」
「じゃあ、もう1つ質問。その髪飾り、なんで大切にしようって思ったの?」
「それは、いただいたものなんで……。最初は特別な日につけようかと思ったんですけど、なんだか身に着けないのも、もったいない気がして。それに、贈ったものを身に着けてくれてるって、嬉しくありません?」
荷花は林杏の言葉に「そうね」と頷いた。
「じゃあ、犬の人に喜んでもらいたかったのね」
「……ああ、そうかもしれません」
もちろん髪飾りをもらったことは嬉しかった。そして、その嬉しさを浩然に伝えたかった。そして喜んでもらいたかった。
「ねえ、林杏。喜んでもらいたい、一緒にいたいと思ったら、それはもう特別な人なのよ」
「特別な、人」
「そう。友達以上の、ね。林杏、あなたの男友達の中から1人だけ、命が尽きるそのときまで一緒にいなくちゃいけないってなったら、どの人といたいと思う?」
晧月にも似た質問をされた。そういえばあのときも、「恋バナしようぜ」の流れからこの質問をされた気がする。
「うーん、状況にもよるんでしょうけれど、今ふと浩然さんだと思いました」
「あら、なんで犬の人なの?」
「最初の印象こそ悪かったんですけど、いい人ですし、手を繋いだら温かくて安心できたんで、不安なときには助かると思うんです」
「手を繋いではいるのに、この関係なのね? 逆に不思議だわ。……林杏は恋愛にとても鈍いのねえ」
「前世でも人を好きになったことがなくて……」
「じゃあ、質問を変えるわ。もしも、これから一生会えなくなったら、寂しいと思う人は誰? 心が張り裂けそうなくらいに、悲しくなる人」
「心が張り裂けそうなくらい、悲しくなる人」
最初に浮かんだのは、浩然の穏やかな微笑みだった。2人きりのときに見た、あの笑みをもう見られなくなると思うと、なぜか悲しくなってくる。
「その人はとっても特別よ。そうね、そろそろ答えを言ってもいいかも。白虎の人とはちょっと方針が違うから、あれだけど。……林杏、あなたはね、もう恋してるのよ。犬の人に」
林杏はきょとんとしてしまった。自分が、浩然を、好き。まるで他人事だった言葉は次第に輪郭がはっきりして林杏の心の中に染みこんでいく。
「恋、してるんですか? 私」
「ええ。恋ってなかなか厄介でね、気がつかなくちゃ顔を出してくれないのよ。でも気がついたら、ずーっと心の中にいるの。幸せで、苦しくて、心が温かくなる。林杏、あなたは犬の人のことが、特別な意味で好きなのよ」
特別な意味で、好き。晧月や
(そんな、まさか。私が、恋を? しかも浩然さんに?)
まるで嵐に飲み込まれたかのように、林杏の頭の中はぐちゃぐちゃになっていた。
「本当に自覚がなかったのねえ。せっかくだから、その劫って最終試験のときに、ちょっと考えてみたら? 犬の人のこと。まあそんな余裕なんて、ないのかもしれないけど」
そう言う荷花は、なぜか晧月と同じような笑みを浮かべていた。