(そういえば前に対策を話し合ったとき、
ついでに肩も回すと、関節が鳴った。どうやらだいぶ肩に力が入っていたらしい。とりあえず頭を休めたほうがよさそうだ。林杏はそのまま後ろに倒れた。
(天井まで白いのか。徹底してるな)
この部屋を、
(そういえば、晧月さんや浩然さんと仲よくなるのを禁じられたこともなかったな)
孤独に耐えられるように修行させたければ、接触を禁じるはずだ。しかし食堂勤めの荷花(フーファ)とも仲を深めてもなにも言われず、
(……待てよ? 逆にこれが1人であるということを体験させているのなら?)
この真っ白な空間と孤独に耐えられる者はそう多くないはずだ。
(支え合わなかった結果を体験させてるのか)
喜びはそのまま、悲しみは倍になる生活を、長年続けられるのか。もしも続けられるのならば、この劫に合格して仙人になった者はもっと多いはず。
(そうか。人は、生き物は、孤独に耐えられないんだ。だから支え合い、誰かと一緒に生きる。そういえば、荷花さんも言ってた。人は1人じゃ生きていけないって)
林杏はゆっくりと起き上がった。
(そうとわかれば、こっちのもの。孤独を感じなければいいんだ)
林杏はゆっくりと、今世で出会った人々について思い出すことにした。
両親はとても穏やかで優しかった。前世では考えられないくらいだ。
(そういえば4歳くらいで料理をしようとしたら、怒られたっけ)
前世ではそれくらいから家のことをさせられていたので、「危ないから」と叱られるとは思っていなかった。
父親は博識で、山のことをなんでも教えてくれた。教えてもらった知識で助かった場面がいくつもある。そんな父親に人を投げ飛ばすような時期があったとは。
(っていうか母さん、押しかけ女房だったんだ)
この国はまだまだお見合い結婚が主流なので、両親が結婚した経緯は珍しいのだろう。
父親のことだ、困りながらも
(押しかけた母さんに対して、父さんはどう思ったんだろう。今度帰ったときに聞いてみようかな)
林杏は自身の口元に笑みが浮かんでいることに気がついた。この調子なら、きっと劫を乗り越えることができる。このまま両親のことをできるだけ、思い出すことにした。
(父さんも母さんも、本当にいい人なんだよな。母さんは、私が普通の子どもじゃないって気がついてても、それを表に出さずに愛してくれた。そのおかげで私は、とても幸せだった)
前世では得られなかった家族のぬくもりを、今世の両親はたくさん与えてくれた。そのおかげで林杏は心を歪ませることなく、育つことができた。
(
星宇もいい子だ。最初は人見知りをしていたが、林杏と村の中を歩いたり、村の人たちにどうすれば畑に鳥がこないか教えたりしているうちに、馴染んでいった。
(父さんや母さんの仕事手伝ってくれて、本当ありがたい。私が修行に行っちゃったからなあ)
もちろん修行に行く前は、林杏も畑仕事を一緒にしていた。前世では得られなかった、両親との温かい時間だ。星宇と4人で畑を耕したこともある。そういえば、母親の「やっぱり若い男手があると早いわねえ」という言葉に対し、父親が拗ねてしまったこともあった気がする。
(なんだかんだ言っても、父さんは母さんのこと愛してるんだよなあ)
愛している。その単語で1人の男性が頭に浮かぶ。
(浩然さん……。私が、浩然さんのことを、好き。そんなまさか)
今でも信じられない。しかし
(いやまあ、晧月さん、人懐っこいしなあ。まさか馬車の中で話しかけられるとは、思ってなかったけど)
あのときの晧月は、よほど暇だったのだろうか。初対面の林杏に話すかけてきたのだから。
(まさか、帝の御子っていうのは驚いたな)
誰が想像できるだろうか、友人が帝の子どもで、命を狙われないようにするために仙人を目指したなどと。しかし両親を金の亡者にしないために、仙人を再び目指した林杏とは案外似たもの同士なのかもしれない。
そういえば、浩然はなぜ仙人を目指したのだろうか。話を聴いたことがない気がする。そもそも浩然とは仲が悪かったので、尋ねられる状況ではなかったのだが。思えば、よく友人になれたものだ。
(……なんでだろう、自分で友達って思っただけなのに、今もやっとした?)
荷花から、浩然について考えてみるといいと言われたことを思い出す。
(浩然さん、かあ。ちょっと考えてみるか)
真っ白な空間の中で、林杏は覚悟を決めた。