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21.思う、あなたのことを

 最初の浩然の印象は正直よくなかった。それにも関わらず、今は好きになっているという。いったい自分はいつから浩然ハオランに惹かれていたのだろうか。

(……まったくわからないっ)

 杏の髪飾りをもらったときは、嬉しかった。しかしそれは特別な感情ではなく、誰でもそう思うだろう。そもそも、恋とは、人を好きになるとは、いったいどういうことなのか。ふと、深緑シェンリュの言葉を思い出す。

『心が温かくて、穏やかで。ああ、人を好きになるってこんなに素敵なことなんだって、思いました』

 深緑の場合は好きになった折がわかっていたのだろう。しかし林杏は違う。荷花フーファに言われるまで、まったく自覚がなかったのだ。

(……いや、むしろ好きなのか? 浩然さんのこと)

 次に思い出したのは、晧月コウゲツからの言葉。

『どっちといたほうが、温かい気持ちになれるか、助け合いたいと思えるか、喜びを倍に、悲しみを半分にできるか。それを基準にしてみな』

 林杏は想像してみた。もしも残りの人生で、浩然と晧月のどちらかと過ごさなくてはいけない、となったときのことを。

(晧月さんはすごく頼りになるし、楽しいと思う。喜びを倍に……めちゃくちゃ喜んでくれそうだな。悲しみは半分……すごく慰めてくれそうだ。……あれ? この条件じゃ晧月さんも好きってことになる? いやまあ、人としては好きなんだけど)

 とりあえず晧月のことを考えるのはやめ、浩然とならばどうなるか、想像してみることにした。

(喜びは倍に……なるのか? 浩然さんって、一緒に喜んでくれるのかな? 悲しみは……内容によっては怒られそうな気がする。え、じゃあ、晧月さんのいう条件に当てはまらないんじゃ?)

 しかしもしも一生会えなくなったとしたら。もちろん2人に会えなくなると考えると、とても悲しい。しかしなぜだろうか、浩然の優しい微笑みを見られなくなるのは、実に惜しい。

(それに、あの手のぬくもりと安心感は……ほかの人で感じたことはない)

 そう、晧月では生まれなかった感情だった。それならば、浩然が好きということになるのだろうか。

(しまった、星宇シンユーにも手を繋いでもらっておけば、よかったかもしれない。まあ、そんな暇なかったけど。……待てよ、もしも晧月さんや浩然さんが悲しかったりうれしかったりしたら、逆に私はどう思う?)

 もしも晧月が喜んでいたら。満面の笑みを浮かべた晧月の顔が自然と思い浮かぶ。もちろん林杏も嬉しい。晧月が悲しんでいたら。もちろん、林杏も悲しいし、寄り添えたらと思う。

 それなら浩然はどうか。浩然が嬉しそうに笑みを浮かべたら。嬉しいだけでなく、なぜかこそばゆい。っして心が温かくなる。ならば浩然が悲しそうなら、どう思うか。林杏にできることは少ないかもしれない。それでも、その悲しみを林杏に分けて、心を軽くしてほしい、と思ってしまう。

(あ。これが喜びを倍に、悲しみを半分にってことか)

 もしも浩然がこの劫で命を落としていて、二度と会えない状況となってしまったら。想像するだけで、林杏の心は苦しくなる。もうあの大きな手に触れられない。自分のために怒ってくれない。春の木漏れ日のような微笑みを見ることができない。

(それは……すごく、悲しい)

 目の表面に涙が浮かんでいることに気づく。

(ああ、そうか。これが……恋なのか)

 林杏はあることに気がついてしまった。林杏が浩然のことが好きだとしても、浩然が林杏のことを好きとは限らないのだ。

(恋心をずっと抱き続けるって、どんな感じなんだろう? やっぱり苦しんだろうか?)

 もしも浩然がほかの女性と結婚したら。手を繋ぎ、相手の女性の頬に触れ、口づけをする。

(あ、やば。すごく悲しいし、苦しい。でも、今の関係が壊れるのも怖い)

 いったいどうすればいいのだろうか。ああ、いっそ知らなければよかった。それなら。

(それならずっと浩然さんと一緒にいられたかもしれないのに)

 しかし知ってしまったからには、知る前に戻ることはできない。

(次会ったとき、浩然さんとどんな顔で会えばいいんだっ)

 きちんと笑えるだろうか。いつもどおりに話せるだろうか。あの杏の花や、蓮の花の髪飾りを変わらず身に着けられるだろうか。今までのように触れられるだろうか。手を繋ぎ、笑顔を向けられるだろうか。

(っていうか、手を繋いで、安心できるって。私はなんてことを言ったんだ、恥ずかしいっ)

 林杏は思わずその場で左右に転がった。

 しばらく過去の自分への羞恥で転がっていた林杏は、大切なことを思い出す。

(浩然さんの話って、なんだろう? ……もしも、結婚することになったとかだったら、どうしよう)

 せっかく恋に気がつけたというのに、もしも結婚の話だとすれば。

(それはつらすぎる……。うう。どうか、どうか結婚や恋人ができたとかじゃ、ありませんように)

 林杏は真っ白な天井を見ながら祈った。そしてついに、恋心のやっかいさを知ってしまった。


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