あれから林杏の頭の中は、
(厄介すぎる。これが恋なのか)
たしかに
そして、深緑のことを思う。
(叔父さんたちは、晧月さんが知り合いに頼んで逮捕してくれるから大丈夫だとして。……いや、今の深緑さんならどこに行っても大丈夫。助けが必要な人に手を差し伸べられるし、自力で生きていける。変な男に引っかからないかだけ心配だけど)
千里眼は相手がいる場所がわかっていたり、予想できていたりしなければ使えない。そのため、深緑の居場所がわかっていない今、彼女の様子を見ることはできない。
(たしか端の
そういえば今世に転生した際、寒州だったらどうしようかと思った記憶がある。
(寒州にはどんなものがあるんだろう?
なにを考えても、すぐに浩然に繋がってしまう。体験したことのない感覚に、林杏は戸惑うことしかできなかった。
(深緑さん、旅しながらもいいかもって言ってたな。どこかに住むのか、旅をするのか。深緑さんが幸せになれるなら、どっちでもいいかな)
いつか再び深緑と出会えたら。そのときには
そういえば梓涵の桃園でも、浩然を助けた気がする。あのときは石化していたが、梓涵がいい人でよかった。
(だって、もしもあのとき浩然さんを助けてくれなかったら、輝州に行ったりもできなかったし。……そういえば、自分以外の男の人と手を繋がないでほしいって言ってたけど、どういう意味? ねえ、浩然さんどういう意味?)
林杏が浩然のことを考えていた、そのときだった。
ギイ、と扉が開く音がした。真っ白な壁にすき間ができる。林杏が顔を上げると、扉の外側から天佑(チンヨウ)が現れた。
「林杏さん、お疲れさまです。これにて、劫の試験を終了いたします」
「……へ?」
林杏は思わず間の抜けた声を出してしまった。渡された食料は最大で2週間もつ量だった。まだずいぶんと余っている。
「種明かしをしましょう。とりあえず外へ」
林杏は戸惑いながらも、天佑の言うとおりにした。
外に出ると天佑は扉を閉め、説明し始めた。
「この劫は、孤独を体験するものです。誰とも接することなく、閉じこもる。するとどうなるかは、わかってもらえたかと」
前世の劫がいい例だろう。林杏は首を縦に振る。天佑は説明を続けた。
「そして他人のことを考えていると、室内の時間が早く経過する仕掛けになっています」
まさかそんな仕掛けがあったとは。林杏は疑問に思ったことを尋ねる。
「あの、それなら実際には、どれくらいの時間が経っていたのですか?」
「1週間です」
「1週間っ?」
「はい。これにて、劫は終了です。あなたは仙人となります。荷物をまとめて霊峰に移動するように」
「あ、あの、本当にいいんですか? 数日ほどしかいないように感じましたが……」
「ほう、数日。それならよほど他人のことを考えていたようですね。それだけ考えた人がいたのでしたら、報告に行ってあげなさい。霊峰では望んだものがそこに存在していれば、念じながら移動すれば出会うことができます。荷物を持って霊峰へ行くように。……それでは」
天佑はいつものように、あっさりと立ち去ってしまった。林杏は頬をつねる。
(痛い)
本当に仙人になれたというのか。本当に1週間も経過したというのか。まさか両親や友、浩然のことを考えていたおかげで、数日しか経っていないように感じられるとは。林杏は出会ったすべての人に感謝したくなった。
(そうだ、
林杏は食堂に向かった。
食堂の厨房では食器を洗う音がしていた。どうやら食事時間は終わったらしい。荷花も手を濡らしながら、食器をきれいにしていた。
「荷花さん」
「あら、林杏。久しぶりね」
荷花は手を拭きながら、林杏の前にやってきた。
「あの、荷花さん。念のためお聞きするんですが、私が蛇のことをお願いして、何日経ちましたか?」
「あら、おかしなことを聞くのねー。ええっと……1週間くらいかしら。ああ、卵は置いといたから、安心してね」
荷花が嘘をつくとは思えない。どうやら本当に1週間も経っていたようだ。
林杏は礼を言って自室に戻った。扉を閉めると、寝台の上にいた
「聡、心配させてごめんね。私、仙人になれたんだよ。だから、一緒に霊峰へ行こうね」
聡は嬉しいのか、林杏の頬に頭をすり寄せてきた。そんな聡の小さな頭を指先で撫でてやる。
林杏は蓮の花の髪飾りを身に着け、荷物をまとめ始めた。