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22.開かれた扉

 ごうが始まってから4度眠った。晧月コウゲツが提案した数え方をするならば、2日ほど経っているだろう。といっても、当てにしすぎてもいけないだろうが、なにか目安を持っておかないと再び発狂しそうだった。

 あれから林杏の頭の中は、浩然ハオランのことでいっぱいだった。彼との日々を思い出すと心が高鳴り、頬に熱が生まれる。しかし彼が劫に行くときに言っていた、【聞いてほしい話】のことを考えると、悪い内容ばかりが頭に浮かんできた。

(厄介すぎる。これが恋なのか)

 たしかに深緑シェンリュが言っていたように、温かい気持ちにもなるが苦しみも感じやすくなったような気がする。

 そして、深緑のことを思う。

(叔父さんたちは、晧月さんが知り合いに頼んで逮捕してくれるから大丈夫だとして。……いや、今の深緑さんならどこに行っても大丈夫。助けが必要な人に手を差し伸べられるし、自力で生きていける。変な男に引っかからないかだけ心配だけど)

 千里眼は相手がいる場所がわかっていたり、予想できていたりしなければ使えない。そのため、深緑の居場所がわかっていない今、彼女の様子を見ることはできない。

(たしか端のチュアン州か、ハン州を目指すって言ってたな。寒州かあ、寒そうだなあ)

 そういえば今世に転生した際、寒州だったらどうしようかと思った記憶がある。

(寒州にはどんなものがあるんだろう? フェイ州のときみたいに、3人で行けたらいいなあ。……行けるのかなあ)

 なにを考えても、すぐに浩然に繋がってしまう。体験したことのない感覚に、林杏は戸惑うことしかできなかった。

(深緑さん、旅しながらもいいかもって言ってたな。どこかに住むのか、旅をするのか。深緑さんが幸せになれるなら、どっちでもいいかな)

 いつか再び深緑と出会えたら。そのときには梓涵ズハンに許可をもらって、女性3人でお茶をしてもいいかもしれない。梓涵も喜んでくれるだろう。

 そういえば梓涵の桃園でも、浩然を助けた気がする。あのときは石化していたが、梓涵がいい人でよかった。

(だって、もしもあのとき浩然さんを助けてくれなかったら、輝州に行ったりもできなかったし。……そういえば、自分以外の男の人と手を繋がないでほしいって言ってたけど、どういう意味? ねえ、浩然さんどういう意味?)

 林杏が浩然のことを考えていた、そのときだった。

 ギイ、と扉が開く音がした。真っ白な壁にすき間ができる。林杏が顔を上げると、扉の外側から天佑(チンヨウ)が現れた。

「林杏さん、お疲れさまです。これにて、劫の試験を終了いたします」

「……へ?」

 林杏は思わず間の抜けた声を出してしまった。渡された食料は最大で2週間もつ量だった。まだずいぶんと余っている。

「種明かしをしましょう。とりあえず外へ」

 林杏は戸惑いながらも、天佑の言うとおりにした。

 外に出ると天佑は扉を閉め、説明し始めた。

「この劫は、孤独を体験するものです。誰とも接することなく、閉じこもる。するとどうなるかは、わかってもらえたかと」

 前世の劫がいい例だろう。林杏は首を縦に振る。天佑は説明を続けた。

「そして他人のことを考えていると、室内の時間が早く経過する仕掛けになっています」

 まさかそんな仕掛けがあったとは。林杏は疑問に思ったことを尋ねる。

「あの、それなら実際には、どれくらいの時間が経っていたのですか?」

「1週間です」

「1週間っ?」

「はい。これにて、劫は終了です。あなたは仙人となります。荷物をまとめて霊峰に移動するように」

「あ、あの、本当にいいんですか? 数日ほどしかいないように感じましたが……」

「ほう、数日。それならよほど他人のことを考えていたようですね。それだけ考えた人がいたのでしたら、報告に行ってあげなさい。霊峰では望んだものがそこに存在していれば、念じながら移動すれば出会うことができます。荷物を持って霊峰へ行くように。……それでは」

 天佑はいつものように、あっさりと立ち去ってしまった。林杏は頬をつねる。

(痛い)

 本当に仙人になれたというのか。本当に1週間も経過したというのか。まさか両親や友、浩然のことを考えていたおかげで、数日しか経っていないように感じられるとは。林杏は出会ったすべての人に感謝したくなった。

(そうだ、荷花フーファさんにお礼言いにいかなくちゃ)

 林杏は食堂に向かった。

 食堂の厨房では食器を洗う音がしていた。どうやら食事時間は終わったらしい。荷花も手を濡らしながら、食器をきれいにしていた。

「荷花さん」

「あら、林杏。久しぶりね」

 荷花は手を拭きながら、林杏の前にやってきた。

「あの、荷花さん。念のためお聞きするんですが、私が蛇のことをお願いして、何日経ちましたか?」

「あら、おかしなことを聞くのねー。ええっと……1週間くらいかしら。ああ、卵は置いといたから、安心してね」

 荷花が嘘をつくとは思えない。どうやら本当に1週間も経っていたようだ。

 林杏は礼を言って自室に戻った。扉を閉めると、寝台の上にいたツォンがこちらを向き、故郷で久しぶりに会ったときと同じくらい、素早くやってきた。あっという間に首まで登ってくると、えりに噛みつき、求愛行動をとった。どうやらずいぶんと心配してくれたらしい。

「聡、心配させてごめんね。私、仙人になれたんだよ。だから、一緒に霊峰へ行こうね」

 聡は嬉しいのか、林杏の頬に頭をすり寄せてきた。そんな聡の小さな頭を指先で撫でてやる。

 林杏は蓮の花の髪飾りを身に着け、荷物をまとめ始めた。


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