林杏が落ち着くと、
「ここだ」
浩然が扉を開けると、晧月が湯を沸かしているところだった。
「おう、来たか」
晧月がこちらを見ると、浩然は林杏の腰に手を回して引き寄せた。すると晧月はニヤリと笑った。
「やったじゃねえか、犬野郎っ。はー、やっとくっついたかー。これで安心だぜ」
晧月が嬉しそうにしているなか、
「おい、蛇野郎。林杏はオレの妻だ。求愛ならほかの蛇にしろ」
すると聡はシャーッと音を立てながら、浩然を威嚇した。
「こらっ、聡」
聡の威嚇は終わらない。すると晧月が笑いながら言った。
「そら、聡からしたら、いい気はしねえわなあ。許してやれよ、林杏。おい犬野郎、湯沸いたから茶淹れろや」
「やかましいわ、虎野郎。まったく」
浩然は出されていた急須や湯呑みに湯を注いで、準備を始めた。床に座った晧月が自身の隣を叩いたので、林杏は晧月の隣に腰を下ろした。よく見ると小屋はきちんと手入れされているようで埃はなく、家具は見当たらない。
「どうやら持ち主がいないみたいだから、使わせてもらってんだ。……よかったなあ、林杏。いやあ、お前さんは好意に鈍いからよ。どう気づかせたもんかって、すごく考えたんだぜ」
「う。お手数をおかけしました」
「でもお前さん、よく自力で気づけたな」
林杏は正直に荷花に指摘されたことを告げた。すると晧月は「めちゃくちゃありがてえ」と言った。
「まずは林杏の家へのあいさつだな。式はそれからか」
晧月は床の上に置かれた湯呑みをとり、茶を飲んだ。式。そういえば結婚式の存在を忘れていた。
「林杏、オマエのご両親にあいさつをさせてほしいんだが、いつがいいだろうか?」
お茶を淹れた浩然が尋ねてきた。
「うーん、畑仕事なんていつでも忙しいですから、どの日でも大丈夫だと思いますよ。どうせ親に仙人になれたって報告しに行くんで、一緒に行きます?」
「いや、さすがにそれは突然すぎるだろう……。まずはお前のほうから話をしてくれないか?」
「わかりました」
「お、いいねえ。夫婦って感じの会話じゃねえか」
晧月にそうからかわれ、林杏は頬の温度が上がるのを感じながら、目線をそらした。するとなにかが叩かれるような音がして、晧月が「いっでえ」と声を上げた。見ると晧月が座って屈んだ状態で悶えていた。
「こ、晧月さん、どうしたんですか?」
「足が
なぜか浩然が答える。しかし浩然を睨みつけている晧月は、背中をさすっている。
「お前な……」
「あの、晧月さん。大丈夫ですか?」
「……おう、平気だ。さーて、じゃあ俺はどこに住もうかねえ」
晧月は腕を組んで天井を見た。予想外の言葉に、林杏は思わず首を傾げる。
「え、一緒に住まないんですか? 私たち」
「え。いやだって、お前さん、犬野郎と暮らすだろ? さすがによお、新婚の家に住む気はねえよ。俺、めちゃくちゃ邪魔だろ?」
「私は別に。浩然さんはいかがでしょう?」
林杏は浩然のほうを見る。すると浩然はお茶を飲んでから答えた。
「オレは林杏がしたいほうでいい」
「じゃあ、一緒に暮らしましょうよ、晧月さん」
「え、でもよお……」
「だって、晧月さん毎日来るでしょ? いちいち帰るの面倒じゃないですか。それに晧月さん、寂しいでしょ」
「うぐ」
林杏の言葉はやはり図星だったようだ。晧月は上を見たり、下を向いたりしながらも、最終的には首を縦に振った。
「じゃあ、3人で暮らしましょう。そのほうがきっと楽しいですよ」
「まったくお前さんは。じゃあ、お邪魔しちゃいましょうかねえ」
「それならもっと広い家のほうがいいな。どこかにあればいいんだが」
浩然がお茶を飲みながら言った。林杏は小屋を見回す。たしかに3人がずっと住むには、少々手狭に感じる。
「建築関係者に来てもらうにしても、この霊峰はただの人は入っちゃいけねえしなあ」
「それならオレたちで建てるしかないな。時間はかかるだろうが」
「それならよ、この家をもとに建てるのがいいんじゃねえか?」
晧月の言うように、建設より増築のほうが手間はかからないだろう。林杏は星宇の小屋を思い出した。
「故郷の村長が図面を引けるはずです。友人の小屋の設計図も描いたようなので。今度帰ったときに頼んでみます」
「おう、じゃあそこは林杏に任せるか」
林杏は3人で同じ建物に住む日が楽しみになってきた。
(そうだ。
林杏は頭の中でどのように行き来するか、計算を始めた。