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25.報告

 林杏リンシンは今、ツォンを連れて故郷に戻っていた。聡の体が冷えすぎないように、時折さすってやった。懐にはユンの描いた絵も入れてある。

(これくらいの時間なら、父さんたちは休憩してるはず)

 見覚えのある景色が見えてくる。村の中心にある井戸のまわりでは、女性たちが話に花を咲かせている。穏やかな様子に、林杏も知らないうちに微笑みを浮かべていた。

 実家の畑には誰もいない。やはり休憩中のようだ。林杏は家の扉を3度叩いた。

「父さん、母さん、いる? 林杏だけど」

 すると扉が勢いよく開かれた。両親は目を丸くしている。

「り、林杏なのか?」

「私たちの幻じゃないわよね?」

「うん。父さん、母さん。私、仙人になれたよ」

 林杏がそう言うと、母親が飛び出して林杏を抱きしめた。同時に聡がどこかへ逃げる。

「林杏、ああ、よかった。生きてて本当によかった」

「か、母さん、苦しい」

 しかし林杏の訴えは届かず、いっそう抱きしめられた。

(それだけ心配かけちゃったんだな)

 林杏は息苦しさを感じながら、母親を抱き返した。

「ああ、林杏。無事でよかった」

 父親も林杏の傍らにやってきた。母親も落ち着いたのか、ゆっくりと林杏から離れた。

「本当によかった。お父さんと毎日、あなたが生きて帰ってきますようにって、祈っていたの」

星宇シンユーくんもすぐに戻る。ちゃんと顔を出してあげなさい」

「うん。それで、もう1つ話したいことがあって」

「まあまあ、とりあえず中に入りなさいな。お茶を淹れるわ」

 林杏は母親にそう言われ家の中に入ると、父親の向かいに腰を下ろす。母親が静かに扉を閉めた。

「それで、話したいこととは、なんだね?」

 父親から尋ねられ、林杏は素直に答えた。

「私、結婚することになった」

「「ええっ?」」

 父親だけでなく、お茶を淹れていた母親も振り返り、目を丸くした。母親はお茶を淹れるのを中断し、父親の隣に座った。

「ちょっと、お付き合いしている人がいるなんて、なにも言ってなかったじゃない」

「うん。お付き合いしてなかったから」

「ちょっと待っておくれ、どういうことだい?」

 父親に尋ねられた林杏は浩然ハオランのことや、妻になってほしいと言われたことなどを話した。

「え、じゃあ、あなた、ずっと髪飾りをいただいたり、よくしたりしてもらっていたのに、なにも気がつかなかったの?」

「うん」

「わが娘ながら、鈍いわねえ。そういうところはお父さんそっくりよ。お母さんが何回押しかけても『なんで来るんだ?』って首を傾げてたもの」

 父親が小声で「すいません……」と謝る。

「それで、別の日にあいさつしたいって言ってて。いつが大丈夫かな?」

「ちょっと待ってちょうだい。あそことここを片付けて、あれを用意して……10日後ね。それにしても、それだけ鈍いあなたに妻になってほしいって言ってくれるだなんて、根気強い人ね。きっといい人だわ」

「うん。いい人だよ」

 林杏がそう答えると、父親と母親は目をぱちくりとさせ、なぜか嬉しそうに微笑んだ。

「よかった。ちゃんと林杏もそのかたのことが、好きなんだね。それなら父さんや母さんは反対しないよ。まあ、見極めさせてはもらうけど」

「まさか結婚の報告までされると思わなかったわ」

 母親がそう言うと、再び勢いよく扉が開いた。

「林杏が結婚っ?」

「あ、星宇。久しぶり。ちゃんと帰ってきたよ」

「いや、帰ってきてくれたのは嬉しいけど、結婚ってどういうことだ?」

 どうやらついさっき戻ってきたらしい星宇に、林杏はもう1度説明した。星宇の顔には驚きと戸惑いが混ざっているのが見てわかった。

「お前が結婚……。まさかお前が結婚するなんて。おれでも恋人いないのに……」

「どんだけ衝撃なの、私が結婚するって」

「いや、そりゃあそうだろ。お前、全然恋愛に興味なかったじゃん。そんなやつが、いきなり結婚するって言ってきたら、ひっくり返るに決まってんだろ」

「えらい言われようだなあ」

 林杏はつい、ぼやいてしまった。その後、星宇は浩然について根掘り葉掘り尋ねてきた。両親までも興味深そうに聴いており、林杏は大変疲れてしまった。

 星宇からの質問攻撃が一区切りついたとき、林杏はあることを思い出した。

「そうだ、村長さんに小屋の図面描いてもらいたいんだった。今から行ってきていい?」

「ああ、行っておいで」

 林杏は農作業を再開する両親と星宇に見送られ、村長の家に向かった。

 村長に事情を話すと両親と同じように驚かれたが、「任せておきなさい」と笑顔で引き受けてくれた。10日後に再び来ることを告げると、それまでに描き上げてくれると約束してくれた。

(あ、星宇に絵を見せるの、また忘れてた)

 林杏は家に戻った。

 家に戻って芸の絵を見た星宇は興奮した様子で、描かれた鳥について語りだした。そして聡を回収すると、林杏は霊峰へ帰る。両親と星宇は長い時間、林杏に手を振ってくれた。

(まさか、あそこまで驚かれるとは……。いやまあ、好きって自覚したのも最近だけど。……ああ、今日のこと、早く浩然さんに話したいなあ)

 林杏は行きよりも少し速度を上げた。


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