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ブライトとジャニス 勇者にふさわしい者は


 宣戦布告愛の告白。台詞と文字がまるで合っていないその言葉に、周囲は一瞬水を打ったように静まり返る。そして、


『お前らは下がりな。……はあああぁっ。毎度毎度この女ときたら。イカレてる女は嫌いじゃねぇし神族なんざ多少イカレてて当たり前だが、それでどうしてこうなるのか思考回路がぶっ飛びすぎてイマイチ分かんねぇ。その辺り説明はあるか?』

『単にアナタのその呆れ返った顔が見たかったから。まあそれが一番ではあるけれど、今回はそれ以外にもあるわ』


 騎士達や神官を下がらせながら、大きなため息をついて珍しく眉間に皺を寄せるブライトに対し、ジャニスはどこか蕩けた様な顔で笑いながら言葉を返す。


『アナタが見出したという勇者を正式に任命する今回の式典。それに対してだけど』


 そう言いながらジャニスは、己から伸びた影の中に手を突っ込むと、何かの書類のような物を取り出して手で広げる。




!』




「「「な、なにいいィっ!?」」」


 その言葉に周囲がざわめく中、ブライトは少しだけ納得いった顔をする。


『へぇ~。つまりはオレの判断が気に食わねぇから、代わりにそこに居る……そいつ名前は?』

『ああ。その子の事はアナと呼んで』


 ちらりと視線を向けるブライトに対し、アナと紹介された少女は何も言わずに鋭い視線を向けて返す。それにニヤリと口元だけ笑いながらブライトは続ける。


『……ふん。おぅ怖い怖い。オレ相手に睨みつけられるとは大した胆力だ。そこは認めよう。隠しきれない殺気も不敬だが嫌いじゃない。OK。そこのアナを代わりに勇者に据えようってぇ魂胆かい? どこから連れてきたかは知らないが、ガキを』

『まあそんなところ。ちなみに反対していない残りはそれぞれ賛成ではなく。実質アナタのこの独断に賛成している七天の神は誰も居ないって訳。嘆かわしい話よねぇ』


 ブライトの見た目は少年なのである程度は仕方ないのだが、どこか潤んで熱っぽい瞳で見下ろしながらクスクスと嗤うジャニス。そこに潜むのは純粋に愛というにはどこか歪んで狂っている何かだったが、ブライトはそれを意に介さずに書類を手に取って確認する。


『なるほどねぇ。そりゃあ確かに勝手に進められちゃあお前らも面白くねぇだろうよ。オレも驚かしてやろうと思って敢えて連絡してなかったしな。そこをお前さんはどうやってかは知らねえが聞きつけて他の奴らに知らせ、反対署名を用意してきた。まったく。無駄に行動力のある女だよ』

『うふふっ! 愛する殿方の事を深く知りたいと思うのは当然の事じゃなくて? ……それで? 書状のお返事は?』

『そんなの……決まってんだろ!』


 ブライトは書状を頭上に放り投げると、パチリと指を一鳴らし。たったそれだけで、


 ぼわっ! ぼわっ!


 突如としてその場に現れた多数の光の玉。それが宙を舞う書状に殺到し、瞬く間に紙切れどころか灰も残さず焼き尽くし焼失させる。


『あらあら。折角持ってきたのに』

『あんな権能もスキルも使っていない紙切れに意味があるかよ。単なる意見の言付けと、箔を付けるためだけの小道具だろ? アイツらだって本気で効果があるとは思ってねぇよ。それと反対意見は大いに結構。加えて対抗馬を用意したのも割とオレ好みだ。……だがなぁ。それはそれとしてだ』


 ズンっ!


 ブライトはジャニスに向けて軽い圧を放つが、そこは同じ神族であるので簡単に抵抗レジストして素知らぬ顔だ。寧ろ圧を受けて恍惚の表情を浮かべているのが余計性質が悪い。


『他の神族がどう思おうが関係ないね。オレはだぜ? わざわざ形だけとはいえこんなめんどくさい、他の七天と違ってこの聖都から長く離れる事も出来ない役にオレが就いたのは、一番この役が好き勝手出来るからだっ! ……オレはそこの』


 そこまで言うと、ブライトはふわりと後ろに軽く飛び、ライが背にして守っていたユーノの肩に手を置く。


「えっ!? えっ!?」

。元から勇者の奴を任命するよりこっちの方が面白そうだと思ったからだ。文句があるならお前さん以外の反対派も呼んでかかってきな。全員まとめて遊んでやるよ!』


 目を白黒させるユーノを余所にそう宣言するブライトだったが、周囲で見守っている者達からすれば気が気ではない。


 


 一つ間違えばこの聖都で神族同士。それも二柱どころか最悪全員が激突する事すらあり得る状況。そうなってはただのヒトに止められるどころか介入すら出来ず、場合によっては世界そのものが被害を受けるだろう。


 そんな一触即発の状況で、全ての仕掛人であるジャニスが出した返答とは、


『あらぁん? ブライトったら……ふふっ! 一つ勘違いしていない?』

『勘違い?』

『そう。ワタシ、ら?』

『…………はい?』


 珍しくブライトが呆けた顔をする中、ジャニスは大きく両手を広げて満面の笑みを浮かべる。それはまさしく最愛の相手に愛を告げるかのような笑みで。


『ワタシは中立派。でも、もしアナタご自慢の勇者がワタシの勇者よりふさわしいと証明してくれるなら、喜んで賛成派に回るわぁ』

『……って事は、さっきまでのあれこれは全部』

『えぇ。だから最初に言ったじゃない!』


 しかしながらどこか邪悪さも感じる笑みで、ジャニスはこう締めくくる。




『ワタシからの宣戦布告愛の告白。もしくは勇者の力試し同盟のお誘いよ。どっちの勇者がよりふさわしいか、命を懸けて競わせる。……面白いと思わない?』





「ちょっ!? ちょっと待ってよっ!?」


 神族同士の話し合い。普通ならヒトが割って入る事の出来ない中、一人の少年が異議を申し立てた。そう。勇者の兄ライである。


 後ろでユーノが引き留めようとはしているが、ライはそのまま二柱に食って掛かる。


「いくら神族様だからって、人の妹の事を勝手に決めんなっ!? しかもそこの」


 ライは木剣こそ腰に下げ直したものの、油断なくアナと呼ばれた少女を見据える。


「いきなり襲い掛かってきた奴と命を懸けて競わせるだって? 冗談じゃないよ!? もっと穏便に……話し合いとかかけっことかで勝負にしてくれよっ!?」


 今もなお闇の鎖に囚われたままでまるで戦意が衰えないアナに対し、ライもまた先ほどから身体を赤い靄がうっすらと覆ったままだ。


 何かあればすぐに戦いは再開される。だからこそ危険性を訴えるライだったが、当然これが不敬だと分かっていた。


 一つ間違えば次の瞬間消される事もあり得た。それでもなお、大切な妹を引き合いに出されてはライも黙っていられなかった。……。それを見た二柱の反応は、


『……へぇ。まがりなりにもワタシのアナを追い込んでみせたからどんな子かと思えば、よく見ればアナと同じじゃない。これがアナタの隠し玉という事かしら?』

『隠し玉にするつもりはまだなかったんだがな。ワンチャン覚醒するんじゃねぇかと思って唾を付けておいたんだが……これはこれで丁度良い!』


 ライ自身にも周囲にも意外な事に、特に怒るどころか興味深そうな顔でライを見る。そして、


『おいライ。ちょっとこっち来な! 別に罰を与えようとかそんなんじゃねぇから!』

「へっ!? う、うん」


 急においでおいでと手招きするブライトに不安を覚えながら、ライはゆっくり歩いていく。すると。


『よしよし。さてライ君よ。そういえば以前約束したお前さんに出す課題をまだ決めていなかったんだがよ。お前さんが丁度覚醒したから良いのを思いついたぜ!』

「覚醒? え~っと、今オレの身体がやたら調子が良いのがそれですか?」

『そうそれそれ! その説明は後でするとしてだ……おいジャニス。お前さんの提案だがよ。悪くはないがちぃ~と筋が通らねぇなぁ』


 ブライトはライの肩に手を置きながら、ジャニスの提案の穴を突く。つまり、


『要は正当性の問題だ。こっちのユーノは世界の加護を受けた正規の勇者。対してそっちは素養こそあるがぽっと出の勇者。だからこそ正式にオレが認定する前に始末してうやむやにしようって腹だったんだろうが、初手で失敗したから同盟の為の力試しという名目に切り替えた。違うか?』

『そうねぇ。……という気持ちはあったかしらねぇ』


 最初は勇者を暗殺する気があったと素直に認めるジャニスの言葉にライが憤るが、それを手で制しつつブライトは続ける。


『そんな事だろうと思った。そこでだ。正当性の高い勇者に挑む前に最低限の資格があるか見てみたいって事で、いわば予選みたいな物を提案したい。つまり』



 ポンっ!



『勇者に挑むんなら、このであるライ君を先にぶっ倒していきな!』

「え……え~っ!?」


 ライの肩を優しくポンポンと叩きながら、ブライトはそんな爆弾発言を口にした。


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