目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

式典の終わり


『つまり、そこの坊やをアナが仕留めたら本命の勇者に挑める。という事で良いのかしら?』

『ああその通りさ。その方がこんな不意打ちみたいなやり方よりもよっぽど正当性があると思わねぇか?』

『そう……フフフ! わざわざその子を捨て石に使って、少しでもアナの実力を測っておこうって事? 悪い男ね』

「なっ……なっ!?」


 神族二柱が不敵に笑い合う中、渦中のライは驚きのあまり声も出ず、


「お待ちください神族様っ!? 何故、何故兄さんが代わりにっ!?」

「ユーノ様っ!? 行ってはいけませんっ!?」


 今度は先ほどと逆で、ユーノが飛び出そうとするがそれを圧から立ち直ったレットが必死に引き留める。


『さあどうする? 初手暗殺は失敗。第二プランの同盟の為の力試しに切り替えるなら、この案に乗って後日きちんとしたルールでやり合った方が筋は通るぜ?』

『……良いわ。ワタシはその提案を飲んでも良い。アナは……問題なさそうね。でも肝心のその子の意見はどうなのかしら? 無理やりさせるには……少々切り札が特別なようだし』


 ジャニスが未だ鎖で拘束されたままのアナに視線を向けると、アナは何も言わずコクリと頷く。続けてライの方に視線を向けながらブライトに訪ねると、


『オレは寛大だからな。勿論ライにも拒否権くらい用意してある。だが、もし断るようならその時はその時。オレとしては些か物足りねぇが、予選なしで直接アナを勇者ユーノに挑ませる事になるなぁ。はなっから勇者の首を取りにやってきた準備万端な相手を、こっちは大した前情報もなしにだ。これは思ったより厳しい戦いになりそうだぜぇ』


 そう後半はわざとライに聞かせるような語り口で話すブライトだったが、その表情にはどこか試すような色があった。


 言外にお前が出なければユーノが危険に晒されると言われたライの返答など決まっていて。


「……分かりました。その勝負、オレがユーノの代わりに受けます」

「兄さんっ!? どうして」

『よ~し決まりだっ!』


 パンっと大きく手を叩き、ブライトは堂々とした態度でバルコニーの中央に立つ。そして、



『今の聞いたなぁっ? ここに集まった市民達よぉ? 今日の式典はこの通り、別の神族と勇者候補の乱入により有耶無耶になった。そこは素直に悪かったな。だが安心しろ! 後日、ここに居るお前らには特等席で見せてやろう。世界の加護を受けた勇者、そしてそれを守らんとする! 必ずや他の勇者候補に目にもの見せる瞬間をなぁっ!』

「「「うおおおおっ!」」」



 腕を上げてそう宣言するブライトに呼応するように、観客達がつられて声を上げる。それはさながらプロレスのマイクパフォーマンスのよう。


『という訳で、近日改めて行う。その日を楽しみに待ってろよな! 以上……解散っ!』


 そうして、まだ数々の問題を残しているものの、その日の式典は終わりを迎えたのだった。





『さ~て。まあこんな所だ。戦う場所と時間とルールは明日オレから連絡してやるから連絡先を教えな。お前さん風に言うならオレからの愛のたっぷり籠ったラブコールって奴だ』

『あら! あらあらあらっ! そこまで熱烈に口説かれてしまっては断れないわねぇ。えぇ良いわ! ワタシ達が今逗留しているのは……』


 言葉の内容とは裏腹に嫌味たっぷりなブライトだったが、ジャニスはまるで恋する乙女のように顔を上気させて何かを紙に書きつけて手渡す。そしてアナの鎖を解いて手を繋ぐと、来た時とは反対に自身の影の中にずぶずぶと沈み込んでいく。


『それじゃあブライト。明日のラブコールを楽しみにしているわぁ。……それと、そこのアナタ』

「わ、わたしですか?」


 消える間際にジャニスはユーノに向けて声をかけ、


『そこの坊やが本当に大切なら、先に試合に出てワタシのアナにぐちゃぐちゃに殺される事をおススメするわぁ。ウフフ。……まあ、。じゃあねぇ!』


 それなりの悪意とほんの僅かな憐憫。それを最後に言い残してジャニスは影に消え、手を繋いでいたアナは何も言わずユーノとブライトに鋭い視線を向けて同じく消えていった。


 ユーノは突き刺さった悪意にぞっとしながらも、慌ててレットを振り解いて駆け出す。行き先は勿論大切な兄の所で。


 ガシッ!


「バカっ! 兄さんのおバカっ! 何であんな事言っちゃったのっ!? これじゃあ兄さんが危険な目に…………兄さん?」


 勢いよく抱き着いたユーノはすぐ異常に気が付いた。


 ライから感じる体温は異様に低く、よく見れば先ほどまでその身をうっすら覆っていた赤い靄もすっかり消え去り、肌の色もどこか土気色だ。


 そんな中、酷く顔色の悪いライはユーノに心配をかけまいと振り返り、


「ああ。ごめんよユーノ。ああでも言わなきゃユーノが危なかったから。大丈夫だ。オレがなんとしてもユーノを守っ…………がふっ!?」



 ポタっ。ポタポタっ。




「…………えっ!?」


 ユーノは自分の頬についた物に指で触れる。。目の前の、自分の大切な家族の口から滴る……命の証。


「あれ? おかしいな? 身体が……急に重く……がふっ!? ゴホゴホっ!?」

「……兄さん? ……いや、いやああああっ!?」


 奇跡の時間は終わり、ライはそこで吐血と共に倒れ伏す。


 ユーノの悲痛な叫びと、誰かの治療術士を呼べという怒号じみた声が響く中、ブライトはやはりこうなったかとばかりに落ち着いた様子で静かにライ達を見守っていた。




(さあ。これからが正念場だぜライ。見事お前さんのその《|傲慢の獅子《ライオンズプライド》》。使いこなして見せな。出来なきゃ試合前にくたばるだけだがな)



 ◇◆◇◆◇◆


 そこは、聖都のとある宿の一室。


「……うっ、くううっ!?」

『あらあら。だから言ったのに。あの場では『聖剣昇華』と『』はどちらか一つにしておきなさいって。あの場で止めていなければ、反動で今頃もっと酷い事になっていたわよ』

「何故止めたっ!? あの場で《|憤怒の狼《ウルフズラース》》を使っていれば、邪魔者ごと勇者の首を取れていたっ!」

『いいえ。ブライトも居たし、あの場で仕留めきれる可能性は低かったわ。それよりは……ふふっ。次の機会を待った方が長く楽しめる。長くブライトと愛を語らえるっ! そっちの方が良いわねぇ』


 そこには心臓を押さえて苦しみに悶えるアナと、それを見て困った子ねと嘆息するジャニスの姿。そして、


『ねぇ。? どこかの超越者とそのお付きのヒト』





「死人が出なかった点だけは助かりましたよ。……それ以外は全く助からないですが」

『まったくですね。あ~それにしても大丈夫でしょうかユーノちゃん達』


 何故か両手足を闇の鎖で拘束され、憎まれ口を叩くしか出来ない開斗とヒヨリの姿がそこにあった。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?