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燃え滓の男 闇の女神に囚われる


『それで、そろそろ説明してもらえませんかね。何故ワタクシ達をこんな目に遭わせたのかを』


 そう目の前の神族、ジャニス様に切り出すヒヨリの横で、俺は静かにさっきまでの事を思い出す。


 式典の最中、突然予言板に浮かんだ新たなる危機に、俺達は慌ててバルコニーへと駆けていた。そんな中、


「急げヒヨリっ!」

『分かってますって! ですが今ワタクシ達が行っても何が出来るか』

「分からない。でもあの場に留まるよりはまだ可能性があ……何だっ!?」


 ズズズっ!


 突然足元に黒い影のような、或いはドロドロとした水や泥のような物が現れ、俺はそこに飲み込まれた。何とか俺を助けようとしたヒヨリも一緒に……というより、俺を先に狙う事でヒヨリだけ逃げられないようにしたという感じだった。


 そして気が付けば、俺達はどことも知れない一室に拘束され囚われていたという訳だ。幸い部屋にはバルコニーを映す鏡が設置されており、式典が終わるまでの大まかな内容は分かったのだが、それ以降はぷっつりと映像が途絶えて状況が分からなかった。


『ウフフ……そうねぇ。ひとまず明日まで暇が出来た事だし、少しお話しするのも良いかもしれないわねぇ。超越者さん?』

『失礼。今のワタクシはこの開斗様の使い魔。開斗様を蔑ろにするという事はなさいませんように』

『……えぇ。構わないわ。それではまず、ワタシの方から話しましょうか』


 ジャニス様の言い分はこうだ。


 自分は今日という日に備えて幾つかの準備をしていた。しばらく前から聖都にブライト様に知られぬよう潜伏し、勇者に認定される予定のユーノの事を観察。


 式典の日に襲撃し、あわよくば市民達とブライト様の前でユーノを暗殺して、アナを新たなる勇者として認定させる腹積もりだったという。


『その為に幾つか手も打ったわぁ。あのお嬢さんが式典までに疲弊するよう……幾つかね!』

「……まさかっ!? ユーノがライ達に会うまでやけに心身共に擦り減っていたのはっ!?」


 考えてみれば妙な話だった。オーランドさんやレット君が引き離されてたった数日で、仮にも聖都において敬意を表すべき勇者にあそこまで悪意が一度に飛んでいくなんてそうはない。


 目の前の女神が仕組んでいたのかと険しい顔で見つめるが、肝心のジャニス様は素知らぬ顔。


『勘違いしないでほしいわね。元々あの悪意はあそこにあった物。ワタシはほんの少しそれらを突いただけ。ワタシがそうしなくともいずれは爆発していたわぁ』

「だとしても……人の心を玩具にした事に代わりは」

『開斗様』


 ハッとしてヒヨリを見ると、ヒヨリは口元を引き締つつゆっくりと顔を横に振る。……そうだった。まだ話の途中だ。責めるのは全て話し終えてからで良い。


『あらあら。温厚派かと思えば意外に直情型だったようね。……続けるわ』


 そうして少しずつユーノを追い詰めていたジャニス様だったが、ある時突然拠点の近くで大きな力を感じた。すぐに消えてしまったが、それは間違いなく神族や超越者級の物。


 それを確認しようとした時、アナが独断で突撃してしまったのだという。


「なるほど。以前宿で敢えてヒヨリが顕現し、ブライト様に気づかせようとした時か』

『アナの神族への深い憎悪は気に入っているけど、神族相手にも見境なく突っ込んでいくのは悪い癖ね。まあそれでアナタ達というイレギュラーを早めに見つける事が出来たのだけれど』


 ジャニス様はそう言いながらヒヨリに近づき、その顔を妖しい手つきで撫でさする。


『わっぷ!? 止めてくださいっ!?』

『うふふ。良いわぁ。モチモチかつすべすべ。剥製にしてクッション代わりにしたいくらい。……その身体くれない?』

『ひぇっ!? お気に入りなので嫌ですっ!?』

『あら残念! ……とはいえ、アナタ達を見つけた後監視対象に加えてみれば、なんと勇者と親しそうにしているじゃない。それにあの坊や。坊やのせいでたった一日で勇者のメンタルは大半が回復。これには困ってしまったわ』


 困った困ったと言ってはいるが、ジャニス様の表情は寧ろ笑みを浮かべている。


『そして今日。アナを勇者にけしかけている間、アナタ達が邪魔をしないようわざわざこの拠点に引き入れて拘束したという訳。まあ単純に超越者に興味があったというのも理由の一つかもしれないわねぇ。……こちらの話は以上よ。今度はアナタ達のお話を聞きたいわぁ。勿論嘘など吐かずに……ね?』

「……その前に、一つ宜しいですか?」


 ジャニス様が何かしらと尋ねてくるが、別に大した事じゃない。


 どのみちこうなっては形勢は極めてこっちが不利。噓や誤魔化しをすれば、いつでもこの両手足を縛る闇の鎖はやすやすと四肢を引きちぎるだろう。だから正直に話す事に異論はない。だがその前に、




「目の前で子供が苦しんでいるのを見ているのは忍びない。なので、一刻も早くそちらが治すか、医者を呼ぶか……。何か出来る事があるかもしれない」




 俺は今もなお心臓の辺りを抑えて悶え苦しむアナに視線を向けて、そう静かに懇願した。ヒヨリがこちらを見て呆れているが仕方ないだろう? これが俺なのだから。


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