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燃え滓の男は闇に沈み、少年は夢に揺蕩う


「……うっ、あああっ!?」

「大丈夫。落ち着いて。胸の辺りが痛いだけ? 吐き気や眩暈なんかはない? ……分かった。無理に起きずにこのまま横向きで。呼吸は……やや浅いか。もう少しゆっくり深く出来るかい? それで少しは痛みも和らぐと思う。あとは……ジャニス様っ! 何でもいいので柔らかいクッションか毛布をっ!」


(手慣れているわねぇ。それに神族を顎で使うなんて)


 拘束が解かれた開斗は二、三アナに質問をし、途中。そしてアナを回復体位にそっと変えながら姿勢を楽に維持するため背を支える。


 一瞬妙なスキルに違和感を覚えたジャニスだったが、如何に超越者の代行者でもただのヒト。様子を見つつ動きに僅かな呆れと関心を抱きながら適当なクッションを手渡していた。


『そりゃそうでしょうよ。ジャニス様が医者も治療魔法もなしって言うから開斗様がこうして頑張るしかない訳で。アナタが手伝わないならワタクシがやりますからさっさと拘束を解いてくださいっ!』

『ふふふ……それはダメ。拘束が解けた瞬間、そこの代行者さんを連れて逃げる気満々じゃない。視線がちらちら出口に向いているわよぉ?』

『はっ! 見損なわないでください。きっちりそこのアナちゃんを介抱した後で逃げますとも!』


 拘束されたままヒヨリが胸を張って啖呵を切るが、正直逃げられるとは思っていなかった。本体が顕現するならまだしも今はただのサンライトバット。この状態で開斗を連れて神族から逃げ切るのは至難だ。


 だが、この状況を歯がゆく思っているのはジャニスも同じだった。


(少し困ったわねぇ。イレギュラーを抑えたまでは良いけど、アナの消耗が予想より激しい。あそこで大罪因子の解放を止めていなかったら最悪死んでいたかもしれないわ。最終的に使けれど、いくらなんでも今潰れるのは惜しいしつまらない。かといって下手な治療は“憤怒”の成長を妨げる。……ヒトを壊すのは簡単なのに、寄り添う事はなんとも面倒な事ね)


「……はぁ……ふぅ」

「落ち着いてきたみたいだね。もうしばらくそのままで。立てるようになったらちゃんとした寝床で休んだ方が良い。……お待たせしました」


 具合がそれなりに落ち着いてきたと判断し、開斗はアナを支えるクッションを整えると改めてジャニスに向き合う。


『呆れたわねぇ。神族への説明より先に、なんて。ふふふっ。それとも気づいていなかったのかしら?』

「失礼いたしました。おそらくそうだとは思っていましたが、それはそれとして苦しんでいる子供を見ていられなかったので。では改めて、こちらの事情を説明させていただきます」


 それから開斗は、ヒヨリに所々補足されながらもジャニスにこれまでの経緯を説明した。と言っても内容は以前ブライトに語ったものと同じ。ユーノを村で守っていたが、突然聖都へ連れていかれおまけに死の予言まで発動。慌ててライ達と共に追いかけブライトと面談し、死の予言を回避できた所でこんな事態になってしまったと。


「…………そう」


 途中体調が少し良くなったアナも椅子に腰かけて話を聞いていたが、聞き終わるとそれだけ言って口を閉ざす。ただ、その目に最初あったむき出しの敵意は少しだけ和らいでいた。そして、


『……話は分かったわぁ。あの勇者が世界にお目付け役を付けられるほどの規格外だっていう事も、そしてアナタがあの勇者や邪魔してきた坊やと深い関係があるって事もね。ただそうなると、少し悩ましい事になるのよねぇ』


 ジャニスはそう言って気だるげにソファーから立ち上がり、ゆっくりと開斗に向かって歩き出す。


 ゾクッ!?


 なんとなく悪寒を感じて後ずさりする開斗だったがここは室内。すぐ壁際まで追い詰められてしまう。


「いや、俺はただの雇われ者で」

『アナタ達は。それに何よりブライトもおそらく興味を持っている筈。でも、もしそこの超越者が依頼も分別も一切合切かなぐり捨てて顕現すれば、そんな拘束簡単に壊されてしまうわ。……ふふっ! それも中々に破滅的で面白いけど、色々な計画もまとめて潰されてしまうわねぇ。強力だけど使いどころの難しい鬼札でもある。それなら!』


 スッと自然に、何でもないような気楽さでジャニスは掌を開斗の顔に向け、





『ワタシ考えたの。、超越者も下手な動きは出来ないってね』

『開斗様っ!? 逃げてっ!?』

『ムダよ。さあ…………闇に溺れる時よ』




 どこかどろりとした、アナが先ほどまで放っていたのと同質の闇が掌から放たれ、開斗を頭から飲み込んだ。






 ◇◆◇◆◇◆


 そこは、さながら夢とうつつの境界だった。


 夢というほど優しくなく、現というほど自由でもない場所。大抵の場合、ヒトはより深く夢へ沈むかさっさと現へと上がるのでほとんど気にされない中継点。そんな場所で、一人揺蕩っていた。そこへ、


 “…………バセ。……テヲノバセ”。


 不思議な声が響いた。誰かがこの場所に居れば、ライの横にが居るのが分かっただろう。それは目を閉じて揺蕩うライに染み込ませる様に声を響かせる。


 “手を伸ばせ。もっと、もっと先へ。己が身を、魂を、命を燃やし、全てを糧として、手を伸ばせ。望め…………そう。”。




『うっせえええっ!』




 突如、その空間に別の甲高くも激しい声が響き渡り、はフッと姿を消す。代わりに新しく、小さな影が何かに憤慨しているような動きで現れた。


『黙ってればブツブツグチグチと。それだから先代に愛想をつかされてに身をやつすんだまったく……あんたもあんただっ! ほらさっさと起きるっ!』


 ザンっ!


「アイタタタタっ!? …………ここどこ?」


 それはおもむろにライに近づき、鋭い爪で顔を引っ掻いた。ライは痛みに驚いて飛び起き、周囲の様子を見て頭に疑問符を浮かべる。すると、


『や~っと目を覚ましたか。まあ正確にはここは現実の一歩手前みたいな所なんだけどね!』


 小さな影はシュタっとライの眼前に飛び出してその威容を露わにし、ライはそれを見て言葉に詰まる。


 鮮やかな炎のような真っ赤な毛並み。ピンと立つ全てを聞き漏らさない耳。獲物を簡単にスライスする鋭い爪に、伸びた尻尾は上質な鞭のよう。その薄緑色の瞳はエメラルドと見間違うばかりに美しく、強靭かつしなやかな四肢は溢れんばかりの力を内に秘めている。要するに、





?」

『雌獅子だってのっ!? って呼ばれてるにゃ~!』

「やっぱり猫じゃないか!」


 そう言ってくしくしと顔の毛繕いをする小さな猫を見て、ライは何が何だか分からずぼやいた。



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