『まあそのまま横になって聞きな。少し長い話になる』と珍しくブライトに気遣われ、ライはベッドに再び横たわりながら少し気になった事を尋ねる。つまり、
「その“傲慢の獅子”ってスキルをオレが使えるようになったのは分かりました。でもそれが父さんとどういう……父さんの使っていたのは“獅子の誇り”っていうスキルで」
『まずはそこからか。お前さんもバイマンのスキルの内容ぐらい知ってるだろう?』
「はい」
ライが知る“獅子の誇り”は、使うと後で全身筋肉痛に襲われる代わりに肉体を一気に強化するスキルだった。そう話すと、ブライトは小さく笑ってどこからか椅子を取り出し腰掛ける。
『“傲慢の獅子”はそれの言わば原型。
「大罪……スキル」
『まあちょっと特殊なスキルだとでも覚えときな。続けるぜ』
物騒な名称にライが顔をしかめたのを見て、ブライトはカラカラと笑う。
『元々“傲慢の獅子”の使い手はバイマンだった。“傲慢の獅子”は使い手に
「オレ……ですか」
ゆっくり頷くブライトを前に、ライは手を握っては開き今の調子を確認する。
(この全身の怪我と痛み、これが代償って奴なのか)
決してライも頭が悪い訳ではない。自分が気を失う前の状況と今の説明を考えれば、どうしてこうなったかある程度推測できた。
「なんていうか、凄いけど怖いスキルですね。確かに使ってる間凄く調子が良かったし、なんとなく頭でイメージした父さんや先生の動きも再現出来たけど、たった数分使っただけでこんな寝たきりに」
『おっと。それは少し違うな』
ライが
『寝たきりじゃねぇ。お前さんはあの瞬間、
「えっ!?」
呆けた声を出すライに対し、どこか呆れた様子でブライトは続ける。
『さっき言ったろ? 所有者の命と身体と魂を全て燃やし尽くすって。あの時勝手にスキルが解除されたのは、もう
わざわざ指で自分の喉元を掻っ切る仕草をするブライトを見て、ライはぶるりと今更ながらに死の瀬戸際に居た事に震える。
『神殿お抱えの医者や術士でも完治にてこずる状態だったんだが……精々お前さんの大事な大事な妹さんに感謝するこったな!』
「……それってっ!?」
そう言われてライは気づく。身体は全身包帯塗れで痛みも酷いが、それでも普通に動けるし今は傷も塞がっている事に。そして、
カランっ!
突然部屋の入口から、床に何かがぶつかったような音が響き渡った。ライがそちらの方を向くと、
「……兄さん。兄さんっ!」
「おお。おはようユー……もがっ!?」
落とした金属製のトレイを飛び越えて、凄まじい勢いでライに飛びついてくるユーノの姿があった。苦しいと抗議しようとするライだったが、
「良かった! 目を覚まして。本当に……本当に心配したんだからぁっ!」
涙ながらにそう訴える妹の姿を見て口を閉じる。そうして、しばらく部屋に少女の嬉しさと悲しさの入り混じった慟哭が響く中、
「ユーノ……ありがとうな! ブライト様から聞いたんだ。オレの事を助けてくれたのはユーノだって」
「いいえっ! あたしあの時無我夢中で、兄さんが倒れて訳が分からなくなって……それで」
ユーノがぽつりぽつりと話したのは、ライが倒れてからの事だった。
◇◆◇◆◇◆
『ダメだ傷が塞がりきらない。何がどうしたらこんな惨い……勇者様?』
ライが目の前で血を吐いて倒れ、急ぎやってきた神殿の回復術士も慌てるほどの重傷。そんな中、
『……兄さん。ねぇ。起きてよ。起きてったら』
悲痛な叫びと共に、必死にユーノは回復魔法をかけ続けていた。しかし傷は塞がらず、流れ出る血はその身体や服を血で染めていく。
『勇者様お下がりをっ!? 血で汚れてしまいますっ!?』
『いや、いやだよ。わたしを置いて行かないで…………いやああああっ!』
カッ!
そんな叫びの中、突如としてユーノの胸元に翼を広げた鳥のような形のアザが一瞬浮かび上がり、光と共に凄まじい魔力が溢れ出した。それは普通の回復魔法とは一線を画していて、
『おおっ! これはっ!?』
『見ろっ! あれだけの傷がみるみる塞がっていくぞっ!』
『奇跡だっ!』
周囲が感嘆の声を漏らす中、遂に目に見える怪我はほぼ塞がりライは一命をとりとめた。
◇◆◇◆◇◆
「それで兄さんはそのまま丸一日眠り続けていたの。どうやったのかも自分で分からないし」
「そうだったのか。やっぱりユーノは命の恩人だっ!」
「それを言うならわたしも兄さんに助けられてばっかりで……えへへ! 兄さんこそ、ありがとう!」
そんな風に互いに見つめ合ってありがとうと言い合う二人だったが、
『コホン……そろそろオレが話しても良いか?』
「……っ!? 申し訳ございませんっ!? わたしったらブライト様の前で」
そこを空気を読まない……というより持ち前の性格にしてはそこそこ空気を読んで待ったブライトの咳払いが響き、慌ててユーノはライから離れて謝罪する。
ブライトは構わんと鷹揚に手を振りながら、どこか微笑ましい者を見るような目をライに向けた。
『まあこれは予想外だったが、どうやらヒトとしてのユーノの才能……つまり
その後ブライトなりに考察したところ、ヒトとしてのユーノが一切の攻撃魔法を使えないのは、
今やユーノは回復魔法だけなら変身なしで勇者級の力を行使できるというが、その辺りは加減も含めて要観察だなと締めくくり、ブライトは改めてライの方に向き直る。
『さあて。そろそろ本題に入ろうじゃねぇか。忘れちゃいねぇよな? こうしてお前さんを助けた大事な妹が、別の勇者候補に命を狙われているってぇ事を』
その言葉にユーノはビクッと震え、ライは顔を引き締めてこくりと頷く。
『建前は勇者の力試しだが、まあ本音は勇者をぶっ潰して新しい勇者に収まろうって腹だろうな。勝負の内容はある程度こちらで決められるが……まあ正直今のユーノじゃまともにやって勝ち目は薄い』
それはライも理解できた。勇者の面なら勝てるが……奴も前の勝負で
『だからオレは咄嗟にライ。お前を勇者の盾代わりにした。適当に勇者の守り手なんて言ってな。そしてお前はそれを受けた。多少はオレの個人的な興味も込みだが、神族の提案を飲んだ以上後戻りは出来ねえぜ!』
「……はい!」
「待ってくださいっ!? これ以上兄さんを戦わせるわけには。まだ身体だって本調子じゃ」
そこへユーノが割って入るが、ライはそっと手でユーノを制する。
「ごめんな。いっつも心配かけて。……でもさ、オレの事をユーノが心配してくれるみたいに、オレもユーノの事が心配なんだよ。傷ついてほしくない。その為ならオレはいくらだって頑張れるんだ」
ライはじっとユーノの目を見ながら真剣な顔でそう告げる。……しかしすぐに真剣な顔はほぐれ、安心させる様ににっこり笑った。
「な~に大丈夫だってっ! オレにもスキルが生えたし、ちょっと反動がきついみたいだけど……ユーノが治してくれるんだろ? ならオレはどんな名医よりも安心なんだ! だからお願いだ。これまでも、これからも、オレにユーノを守らせてくれよ。……
それは、ライの偽らざる本音だった。
ユーノが自分の事を心配してくれるのは分かる。だがそれはそれとして、自分は兄なのだから絶対に妹を守るし守らなければいけない。
大切な誰かに止められても、自分の成すべき善と張るべき意地を押し通そうとする。そんな強い意志と
『よく言った。それでこそオレの見込んだ
「はい! 分かりました!」
『それとユーノ。そっちは回復魔法の
「はい……って、なるべく兄さんに怪我させないでくださいっ!?」
少しだけ普段よりもハイテンションなブライトにライはやる気が漲り、ユーノはいざとなったらまた止めに入ろうと心に決める。
こうして来るべき日に向けて、ライとユーノのブライトによる短期強化訓練が始まったのだった。
その日の夜、
「えっ!?
開斗とヒヨリが消えた事が病み上がりのライに伝えられたのは、また別の話である。