目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

燃え滓の男 闇の女神と超越者に割り込む


 ◇◆◇◆◇◆


 それは聖都のとある一室。七天の神族の一柱。闇を司る女神ジャニスが用意した拠点セーフハウス。そこで、二人の人影が対峙していた。


「では、立ったまま大きく吸って……そのまま5秒保持。……吐いて」

「すぅ~…………はぁ」

「OK。ではそれを3回繰り返して。力み過ぎず、あくまでゆったりと自然にね」


 だが、その様子は決して険悪ではない。


 指示に片方はおとなしく従い、ゆるやかに規則的な呼吸法を繰り返す。そしてもう一人は、時折姿勢やリズムを真摯に直し続けた。


 それはまるで先生と生徒のような、師と弟子のような、穏やかな時間で。



 ズズズっ!



 だが、そんな穏やかな時間は影から現れた黒い女神によって終わりを迎える。


『時間よ……うふふっ! 仲が随分と良くなったようねぇ?』

「……別に。ただ、身体の調子が良くなるから素直に従っているだけ」

『あらそう。でも大いに結構よぉ。だって、アナタの瞳には変わらず黒い闇が渦巻いているもの! 深く暗いと憎悪がね! ……さあ、行きましょう』


 そうして女神に連れられ、一人の少女は緩やかに影へと沈んでいく。そして完全に沈み込む寸前、



「行ってくる。……

「ああ。気を付けて行きなさい……



 そう僅かな言葉を交わし、少女は部屋から姿を消した。残された男は一人、ギリリと奥歯を噛みしめ強く拳を握る。


 ままならない今の状況に、苛立ちを覚えながら。





 俺は現在……なんというか、勇者候補アナのトレーナーのような立場に就いていた。そのきっかけはあの式典の日。俺とヒヨリがこうして囚われの身になった今から四日前の事だ。


『ワタシ考えたの。、超越者も下手な動きは出来ないってね』

『開斗様っ!? 逃げてっ!?』

『ムダよ。さあ…………闇に溺れる時よ』


 ジャニス様が俺に手をかざし、そこから濃密な闇が俺を飲み込んだ事は覚えている。


 その後気が遠くなって、酷く懐かしい何かを見た様な、或いは目を逸らしたくなるような何かを見た様な、その辺りはよく覚えていない。


 だが気が付いた時、俺を包む闇はさっぱり霧散し、その場の全員が三者三様の面持ちでこちらを見ていた。


 ヒヨリはどこか沈痛な、それでいて深い憐れみの眼差しで。


 ジャニス様はどこか悩ましくも愉悦を浮かべた笑みで。


 そしてアナは……何故かほんの僅かだけ、自分の同類を見るような目を向けていた。


『これは……少し困ったわねぇ』


 ジャニス様は翳していた手を下ろし、コツコツと軽く足を踏み鳴らす。


『アナタの心の闇、中々ワタシ好みだけど、つついて意のままに操るには向いていないようね。だって……ふふっ! !』


 そうジャニス様がくるりと回りながら小さく嗤った……次の瞬間、



『そこまでです。この下衆が』



 ビシッという音が響き、室内に凄まじい圧が広がる。音の出処はヒヨリを縛る闇の鎖。それがひび割れ悲鳴のような音を立てる。


 もう何度味わったか分からない圧だが、それでも慣れる事はなく俺は全身に力を入れてどうにか踏ん張る。見るとアナは僅かに冷や汗を流しながら構えを取り、ジャニス様も余裕が少し減った様子である一点を見つめていた。


 この圧の大本は至極単純。……縛られた超越者ヒヨリが静かにブチ切れていた。


『ヒトの心の闇を弄ぶその所業。それでも神族としてその司る理を示すためならば、まだ世界を円滑に回すための悪行と受け入れましょう』


 ビシっ!


 ヒヨリの目は爛々と輝き、その怒りは自らを縛る鎖を逆に締め上げる。


『この世界のヒトに対して行うだけなら、まだワタクシの管轄外だからと怒りを抑えて見過ごしましょう。ですが』


 ビシビシっ!


 室内の空気は一言ずつヒヨリ側に傾き、まるでこの空間の主が入れ替わったかのような錯覚すら覚える。そして、


『断りもなくワタクシが選んだ代行者別世界のヒトの心の闇を晒し、あまつさえ笑いものにするとは、ワタクシへの侮辱にも等しいっ!』


 ビシッ…………バキィっ!?


 遂には鎖は弾け飛び、自由になったヒヨリからどこか冷徹な輝きが放たれる。それは穏やかな日差しの明るさではなく、全てを照らし断罪する純白の光で。


『あらあら。逆鱗に触れたかしら。超越者がそこまで個人に入れ込むなんて、それこそ理を乱すのではなくて?』

『先に喧嘩を売ったのはそちらです。ならば我が本性ここでお見せしましょう。貴方のお望み通り、ここで貴方ごと聖都の一区画もついでに潰して差し上げるっ!』


 一秒ごとに強まる輝きに、ジャニス様も真顔になってゆらりと両腕を広げる。その身体から濃密な闇がドロドロと流れ出し、光に食らいつこうと床を染める。


 そして、今にも爆発するという瞬間。



「失礼。よろしいだろうか?」



 俺は潰されそうな圧に耐えながら、一歩前に踏み出した。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?