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開斗 闇の女神にお願いをする


「急に修羅場になった事は良く分からないが、今さっきジャニス様が俺の心の闇という物を覗いた事が問題なのだろう? ならどちらも矛を収めていただきたい」

『なっ!?』

『……あら?』


 それぞれが呆気にとられた顔をするが、何を驚く事があるのだろうか?


『ちょっ!? 待ってください!? 開斗様はこの件の被害者なんですよ? それをそんな簡単に』

「と言っても何を見られたのか。思う事はあるが、このまま二人がぶつかり合ったら目も当てられない。ならこの方が丸く収まるだろう」


 ヒヨリが俺の分も怒ってくれた事は嬉しいが、周りを巻き込む事は止めようと説明を締めると、ヒヨリはどこか渋々と言った感じで圧を解く。そして、


「そういう事ですのでジャニス様も闇を収めていただきたい。戦えば互いに良い結果にならない事はご承知の筈。どうかお願い申し上げます」

『……いいわぁ。下手に超越者の逆鱗に触れたこちらの落ち度でもあるしね』


 ずるりと闇が波が引くように身体に戻り、そのままソファーにもたれてジャニス様は口元に手を当ててクスクスと笑う。空気が落ち着いたのを見て取ったのか、じっとローブの下の短刀を握りしめていたと思われるアナもすっと構えを解く。


『それで……これからどうする気なのかしら?』

『ふんっ! そりゃ当然ここからお暇しますともっ! これ以上こんな物騒な女神と勇者候補の居る所に居られますかってのっ!?』

『それは残念ねぇ。でも今回は、どちらに転ぶか分からないイレギュラーを引き入れられるかと欲張ったけれど失敗しただけの事。ブライトの側に着いたとしてもそれはそれ。さあ。どうぞお帰りなさいな。邪魔はしないわ。……お土産は居るかしら?』

『どうせ変な加護か呪い付きの物を土産だって言って渡すんでしょ? 要りませんよそんなのっ! さっさと帰りましょう開斗様。帰り道ならある程度こちらで把握できますから』


 そう人を食ったような笑みを浮かべるジャニスをしり目に、ヒヨリは憤慨しながらパタパタと出口に向けて飛んでいく。


 そう。このまま部屋を出れば、何事もなく帰れるだろう。俺もヒヨリの後に続こうとして、



 ふと、アナの様子が目に入った。



「ジャニス様。質問と……お願い一つを宜しいでしょうか?」

『何かしら? 手土産の代わりに、少しくらいならヒトの問いに答えてあげるわ』

『開斗様?』


 ヒヨリが振り返って不思議そうな顔をするが、俺は静かにジャニス様に尋ねる。そう。


「当然ご存じかと思いますが、アナの身体はボロボロです。何故治そうとしないのですか?」

『その方がスキルの成長に繋がるからよ。それと……ワタシ自身ヒトを治すのが得意じゃないから。壊すのは簡単なんだけどねぇ』

「なるほど……ではそれを踏まえて、お願いを申し上げます」


 そして俺は、この言葉を口にする。



「俺を、もうしばらくアナに付き添わせてください。子供が目の前で死ぬ事になるのを見過ごすわけにはいきませんから」



 そう。これは先ほどアナの治療をした時、偶然予言板に映し出された未来を防ぐための物。


勇者候補アナが自らのスキル“憤怒の狼ウルフズラース”に食い殺される可能性あり”。


 ごめんよユーノ。ライ。俺はやはり善なる者ではないのだろう。


 君達を狙う者であっても、子供を見殺しには出来そうにないのだから。





 期間は近日ブライト様から通達される、勇者への挑戦の日まで。業務内容はアナの肉体及びメンタルのケア。その間俺とヒヨリの衣食住及び、アナのケアに必要だと判断した物資や行動を認め融通する。


 そんなお願いを、ジャニス様は少し呆気にとられながらも了承した。『アナタ、やっぱり壊れちゃってるわ! でも……少しだけ気に入った』とくすりと笑って言いながら。


 ヒヨリには思いっきり呆れられたが、予言の件をこっそり耳打ちすると一転真面目な顔で考え込み、『……分かりました。これは少し様子を見た方が良さそうですね。にしても開斗様……さっきみたいに臨戦態勢の神族相手に物申すのはほんっと危ないですからねっ!? もうやっちゃダメですよ!』と叱られ。


 そして、アナには、


「まあ……うん。これからしばらく君のサポートに回る事になった。よろしく」

「………………うん」


 そんな含みのある沈黙と共に、一応の了解を得られた……と信じたい。





 という事があったその日の夜の事、


「あの……それは確かですか?」

『ええ。そうよ』


 予言にあった謎のスキル“憤怒の狼”の事をトレーナーとしてジャニス様に確認したのだが、そのとんでもない内容を聞いて俺は呆れ返る。それは、


『アナの持つ大罪スキル“憤怒の狼ウルフズラース”。これは宿主の怒りや憎悪、痛みといった負の感情を力として溜め込み爆発させるもの。つまり極論すれば、。それこそ消える直前に最も輝く蝋燭の火のようにね』


 最初から使い手を使い潰す前提の能力なんて、そんな馬鹿な話があるものか。


 ジャニス様がアナが苦しんでいても治そうとしなかったのもそれが原因。つまるところ、ジャニス様にとってはアナではなく、アナの持つ“憤怒の狼”の方が重要だったのだ。


『誤解だわ。アナが勇者の素養を持っている事も評価しているのよ。まあ勇者の聖剣と大罪の力の併用は負担が大きいけれど……それはそれ。寧ろ“憤怒の狼”に限れば、苦しみが力に変わるのだから相性が良いとさえ言える。それに、。分かっていても復讐の力を求めて痛みを受け入れる……ふふっ! だからアナはワタシのお気に入りなの!』


 そう悪びれもなく語るジャニス様だったが、俺が予言の事を説明すると少しだけ考え、


『……じゃあそれを何とか防ぐのがアナタの役目。出来るわよね? でも……ワタシの課す訓練を止めさせるつもりはないわよ。いよいよデートの日は近いのだもの!』

「分かっています。ですが、訓練以外の時間は俺が計画を組ませてもらいます。よろしいですね?」

『構わないわぁ。元々訓練以外ではあの子の好きにさせているもの。じゃあよろしくね。トレーナーさん?』


 そう言ってジャニス様が姿を消したのを見計らい、俺は早速行動を開始した。まずは……相談だな。俺は一人で全て出来る訳ではないのだから。



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