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閑話 ある少女の始まり その一


 ◇◆◇◆◇◆


 目を閉じると、いつもあの時の事を思い出す。


 わたしには何も出来なかった。


 村を守るために戦いに出て、そして斬り殺された父を助ける事も。


 わたしを床下の隠し部屋に逃がし、敢えてその上で殺される事で入口を隠した母を救う事も。


 一緒に遊んだ友達も、お使いに行ってはおまけをくれる雑貨屋の主人も、隣の家の気難しいけど実は優しいお爺さんも、全て、全て、全て見捨てて。


 外からの悲鳴と怒号だけが聞こえてくる隠し部屋の片隅で、一人震える事しか出来なかった。


 これは悪い夢なんだと、目が覚めたらなんでもない明日がまた来るんだと必死に自分に言い聞かせて。



 ワオオオォン!



 どれほど時間が経ったか、気が付けばいつの間にか眠ってしまっていた。夢の中で狼の遠吠えのような物が聞こえた気がしたけれど定かじゃない。


 起きてすぐ、辺りがやけに静かなのに気がついて、でも怖くてしばらくの間震えていた。


 でもやっと意を決して、わたしは隠し部屋の扉を下から力いっぱい押し上げて、


 ドサッ!




 身体の半分が炭化してボロボロに崩れ、すっかり軽くなった母の死体と目が合った。




「…………え……あっ……アアアアアアァッ!?」


 わたしは訳も分からず叫び、走り出した。


 涙と鼻水で顔はぐちゃぐちゃになっても構わず外に転がり出て……


 チロチロと、黒く焼け残った木々を未だに食い尽くさんとする残火。


 大地に流れる真っ赤な血と、昨日まで生きていた筈のヒトの焦げた匂い。


 そして、それらを全て静かに覆いつくそうと空から降り注ぐ純白の雪。


 綺麗だった村の家々は見る影もなく壊され焼かれ、振り返ってみればわたしの居た家も崩れていない事が奇跡と言える壊れ具合。


「…………あ」


 力が抜け、わたしはその場に膝を突く。


 これは夢。悪い夢だといくら自分に言い聞かせても、目の前に広がる景色が、鼻を突く凄惨な臭いがそれを否定する。そして、


「まだ生き残りが居たのか」

「ひっ!?」


 気が付けば、黒装束に揃いの仮面を着けた者達が、剣を手にわたしを囲んでいた。剣は血に塗れ、服からも隠す気のない死臭を感じてわたしは恐怖の声を漏らす。


 ただ、逃げなければいけないのは分かっていても、もう駄目だという諦めの気持ちが身体を支配してまるで動こうとしなかった。


 一人の仮面の者が血染めの剣を振り上げるのを、わたしは気力を失った瞳で見つめていた。


 心の内にある感情は、何故? という感情だけ。


 何故わたし達の村が襲われたのか? 何故わたし達がこんな目に遭わなければならないのか?


 ここは他の村や町とは交流もあまりない隠れ里。盗賊が襲うような裕福さなんて無縁の小さな村だ。


 村人は皆良いヒトばかりだった。けっしてこんな、無残に殺されるような悪行はしていなかった。どれだけ考えても答えは出ず、後は剣が振り下ろされるのを待つだけ。


 でも、最後に、


「偉大なるの命により、この村の住人は全て抹殺する」


 その仮面の者の言葉を聞いて、わたしの中に一つの答えが出る。



 ああ。と。



 その瞬間、何故という気持ちの代わりに、一つの感情が心を埋め尽くす。


 だ。


「……せない。許せない。許せないっ!」


 湧き上がる感情を言葉に乗せ、目の前に剣が振り下ろされるのを睨みつけ



 “チカラガ、ホシイノカ? ナラバ…………! モット深く。これは、理不尽に塗れた今に怒り続ける者が持つべき力”。


 ワオオオォン!



 どこかから、不思議な声と狼の遠吠えが聞こえた気がした。





 気が付けば、わたしは一人廃墟と化した村の中で雪に塗れて立っていた。


 何があったのかは覚えていない。辺りにはヒトどころか無事な建物すらない。


 まるでわたしを中心に物凄い力の塊が暴れたように、ぽっかりと何も無くなって更地となっていた。そんな中、


『あらあら。近くで大罪の兆しがあったから来てみれば、妙な事になっているようね』



 わたしは、闇を司る女神と出会った。



「あなたは……誰?」

『誰? そうねぇ…………通りすがりの神族よ』


 神族。その言葉を聞いた瞬間、わたしは殺意を込めてその女を睨む。


『うふふっ! 良いわぁ。とても良い! その目。ワタシ好みのドロリとした怒りと憎悪に満ちている。、その歳でその目が出来るのは将来有望よ』


 女はどこか上気した顔でニヤリと笑い、ゆっくりとわたしに向けて手を差し出した。


『気に入ったわ! ねぇアナタ。ワタシの下に来なさい。その怒りと憎悪をぶつける先を見繕ってあげるわぁ。なんならワタシに向けても一向に構わないわよ』


 それは、多分運命だったのだろう。


 この女に会わなければ、もしかしたらこのまま飢え死んでいたか、凍え死んでいたか、或いは生き延びて村で皆の弔いをして生きる未来もあったかもしれない。


 でも、わたしはその手を取った。わたし達にこんな理不尽を叩きつけてきた誰かを見つけ出し、必ず報いを受けさせるために。



『結構よ。では早速……いけないっ!? 大切な事を聞き忘れていたわ。ワタシは七天の神ジャニス。?』

「……アナ」



 わたしはこれから先それなりに長い付き合いになる女神ジャニスに、静かに名前を告げる。





 そんなわたし達を、視界の端でうっすらと黒い狼のような何かが見つめていた。



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