『……へぇ。これはまた……興味深い話になってきたわねぇ』
それはどことも知れない暗く深い場所。影の中に広がる神の座す神殿の一つ。そこに連れられたわたしの体験を聞いてジャニスはニヤリと嗤った。
『つまり、神族の誰かがあの村を滅ぼすよう命令した。その理由は……ふふっ! 何かしらね? 隠れ里に何か特別な物があったのか? 誰かが神族の怒りを買ったのか。それとも…………
そして語ったのは、わたしの身に突然宿った特別なスキルと特別な素養の事。
片や大罪スキル“憤怒の狼”。使い方によっては神族にさえ一矢報いる怒りと反逆の牙。
もう一つは勇者の素養。神族すら場合によっては討つ権限と義務を有する世界の調停者。今は不在だというその椅子に、
『これをアナタが気が付かないだけで持っていたのが今日目覚めたのか、或いは前任者が死んだ事で移ったのかは知らないわぁ。どうでも良い事だし。肝心なのはそれをどう使うか。憎い相手に復讐の牙を突き立てるなんて……あぁっ! 素晴らしいわっ! とっってもっ!』
ジャニスはわたしに契約を持ちかけた。『ワタシがアナタの牙を研ぎ、勇者に押し上げてあげる。大罪の力と勇者の地位を得た後、アナタは復讐の対象だけを見定める必要はないわ!
そこで、わたしは少し考えてこう尋ねた。
するとジャニスは大いに笑ってこう返した。『うふふっ! えぇ確かにその通り。仮に今回の件はワタシが全て裏から手をまわした……と言われたら否定する証拠はないわねぇ。だからアナ。アナタがそう思うならワタシを狙うのも自由よ。ただ、契約の対価にこちらから二つ条件を出すわ』
指を二本立てて、ジャニスは歌うように条件を口にする。
『一つ。“狙う順番”。十中八九ブライトはこの件に関わっていない。やるなら自分でやるもの。それも遊びたっぷりに。それでも疑うというなら順番は最後になさい』
「……分かった。もう一つは?」
『そうねぇ。もう一つは……』
そして、ジャニスの
『良いわぁ。ここに“深淵を揺蕩う華”。七天の一柱ジャニスが誓いを立てましょう。契約を守り続ける限り、その目に怒りと憎悪を絶やさぬ限り、アナタこそがワタシのお気に入りの
契約は……こうして成った。
それから毎日、わたしはジャニスの
少しずつ、少しずつ、でも毎日必ず。わたしの身体は勇者にふさわしいように、少なくとも
作り変えられる身体に合わせて、毎日使った事もない武器をひたすらに血が出るまで振るった。足の感覚がなくなるまで駆けた。勇者の成すべき義務と振る舞いを頭に叩き込んだ。
痛みはある。苦しみもある。訓練の度に泣き叫び、のたうち回り、文字通り血反吐を吐いた。
普通なら逃げるべきなのだろう。復讐など諦めるべきなのだろう。でも、
“怒れ。もっと、もっと深く、もっと強く。痛みを、憎悪を、悲嘆を、怨讐を、その身にもっと刻み、刻み、刻みつくせ。そしてそれら全てを叩きつけろ。そう…………
この内側から絶え間なく聞こえる微かな叫びが、大きな呟きが、わたしに復讐を諦めさせない。逃げる事を許さない。
そして、わたしが苦しみをこらえて立ち上がる度に、
ワオオオォン!
常に内側から響く悪意のそれ
そんな日々が、どれだけ続いただろう。
何日かも、何か月かも、或いは何年かも、時間の感覚のあやふやな影の神殿では分からない。でも、
『本当はもう少し時間をかけるつもりだったけど、
自分とは違う正当な勇者。こんな血反吐を吐かなくても良い生まれついての勇者。それが現れたと聞いて、わたしの心は……特に乱れなかった。何故なら、
『聖都に出向くわよぉ。アナタがどこまで仕上がったか確かめましょう。見事勇者を討ち取り、アナタが本物になってみせなさい。ワタシの
「……分かってる」
わたしの復讐の為に、いずれ現れる正当な勇者を討つ事は、最初から決めていた事なのだから。
……そして、聖都での潜伏の最中、神族に近い妙な反応を発見して居ても立ってもいられず飛び出したその場で、
わたしは、