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閑話 ある少女の始まり その三


 初めて会った時は、ただの神族のお付きだと思っていた。


「やめろっ!? がっ!?」

「お前はそこで寝ていて。……


 毒を受け、蹴り飛ばされても必死で神族を守ろうとする男。守る相手が神族でなければ、諦めても良いかと思わせる強い意志を持つ目だった。でも復讐を止める訳にはいかなかった。


 今にしてみれば、相手は神族でなく超越者なのでお門違いも甚だしかったのだけれど。


『おっと。そこらへんにしときな。お前さんもグサッとやった結果消滅したくはねぇだろ?』


 その後現れた復讐の相手の一人、七天主神ブライトを前にジャニスとの契約を守って引き下がった後は、もう会う事はないだろうとすっかり忘れていた。


 そして、軽く受けた神族の圧に耐えられるよう訓練調整した数日後。



「アナタ…………何者?」

「これを見たら分かるでしょ? わたしは…………

「それは奇遇ね。ワタシもよ」



 わたしは、正当な勇者と剣を交えた。


 はっきり言って。剣を振るう度、本物との差を見せつけられる気分だった。


 どう攻め込んでも余裕を持って受けられる。折角無理やり身に着けた聖剣昇華も、決め手ではなくやっと戦いの舞台に上がれるようになっただけ。こんな様では神族まで牙を届かせるだなんてとてもとても。


 でも、この胸から湧き出る怒りと復讐の感情だけは、間違いなくわたしが勝っていて。



「……はぁ…………はぁ。だ、大丈夫かユーノ?」



 あのライという勇者の兄の邪魔さえ入らなければ、あのままワタシの牙は勇者に届いていた筈だった。


 結局襲撃は失敗。後日改めてとジャニスと共に拠点に引き上げて……わたしはそのまま倒れた。


 大罪の力と勇者の素養。二つを同時に使おうとした反動。


 だけど苦しみはいつもの事。血反吐を吐いて床をのたうち回るのもいつもの事。ジャニスが……死なないギリギリの線なら見ているだけなのもいつもの事だった。


 そう。普段よりも痛みが酷く長引いているけど、しばらく我慢すれば終わる。そんな時に、



「目の前で子供が苦しんでいるのを見ているのは忍びない。なので、一刻も早くそちらが治すか、医者を呼ぶか……。何か出来る事があるかもしれない」



 ジャニスが邪魔されないようにと予め捕らえておいた超越者。そのお付きであるカイトが、そんな事を言い出した。


「大丈夫。落ち着いて。胸の辺りが痛いだけ? 吐き気や眩暈なんかはない? ……分かった。無理に起きずにこのまま横向きで。呼吸は……やや浅いか。もう少しゆっくり深く出来るかい? それで少しは痛みも和らぐと思う」


 カイトは不思議な男だった。


 わたしに幾つか質問をして、何か呟いて板のような物を確認したかと思うとてきぱきと指示を出していく。その通りにすると、本当に少しだけ楽になった気がした。


 その後もヒトの身でジャニス相手にも退かず、堂々と自分達の事を語るカイト。世界からの依頼で正当な勇者を死の予言から守り、導き、聖都まで連れて来られた勇者を追ってきたのだと。


(……良いな)


 ふとそう思った。正当な勇者なら、こんな誰かが自分を守ってくれるのだと。だけどすぐに、その守るべき勇者をわたしが狙っているのだと思い返して嫌な気持ちになる。そして、


『……話は分かったわぁ。ただそうなると、少し悩ましい事になるのよねぇ』


 ジャニスが急に嫌な雰囲気を出しながらカイトの方に近づくのを見て、わたしはなんとなく止めようとしたが力が入らず……そのまま、


『ワタシ考えたの。、超越者も下手な動きは出来ないってね。さあ…………闇に溺れる時よ』


 ジャニスの掌から、わたしの訓練調整に使う物とは少し違う闇が放たれてカイトを飲み込んだ。


 これは相手の心の奥底を曝け出し、そこに触れて感情に干渉するジャニスの得意技。悪意の感情を増幅させて暴走させる事も、逆に鎮静する事も思うが儘。あまり気持ちの良い技ではないけれど、契約者にあまり強く言う訳にもいかない。


 だけど、これに関しては止めた方が良かったのだろう。カイトを覆う闇に映し出されたのは、



「これは……何?」

『…………へぇ』

『……開斗様』



 それは、良く分からない場所の光景。


 道を行く馬も居ないのに勝手に走る鉄の箱。空高くそびえる不思議な建物の群れ。土でも石でもない奇妙な道。


 わたしが知らないどこか遠い国の街並みの中で、



「…………父さん。母さん」



 傷だらけの一人の子供が、ひしゃげた鉄の箱の前で立ちすくんでいた。



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