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閑話 これは、ある燃え滓の男の話

 注意! 今回はほぼ丸っと開斗の過去話がアナ視点で語られます。


 現実にはあまり起きないような内容ですが、今回はややフィクションに寄せて書かせていただきました。





 ◇◆◇◆◇◆


 ジャニスの闇はヒトの心に染み込み曝け出す。ただそれは決して心の闇だけではない。


 最初に見えたのは子供の温かな記憶。優しい両親の下、穏やかに健やかに育つ日々だ。


 ある時、その子供は両親と一緒に鉄の箱に乗って買い物に出た。何を買おうとしていたのか、どこまで行くつもりだったのかは分からない。


 ただわたしに読み取れたのは、子供の乗る箱が別のそれとぶつかった事。子供は多少の怪我で済んだが、その両親は目の前で帰らぬ人になったという事。


 そして……どうやらその子供が行こうと両親に声をかけ、その事を深く悔いているという事だった。





 その後、叔父の家に引き取られた子供はどこか思い詰めるように勉学に励んでいた。


 書を読み、身体を鍛え、それを実践する。遊びもせずひたすらに自分を磨き続けるその姿に、ほとんどの友は離れ、引き取った叔父すらも距離を置く。それほどに子供の様子は鬼気迫っていた。


 少し時は流れ、子供は青年にまで成長していた。


 青年はどこかの学び舎で教師になっていた。。まるで自分のせいで死んだ両親の代わりになろうとでもするかのように。


 青年は真面目に仕事に励み、時には悩める生徒の為に尽力した。やはり遊びの付き合い等は淡泊だったけれど、その真摯な態度に他の教師や生徒からの評判は悪くなかった。


 もしかしたら、その状態が長く続けばいずれは青年も、


 でも……そこでもう一度、青年の心は深く閉ざされる事になる。





 青年はある日、授業でジュードーとかいう技の模範演技をする事になった。少年時代からひたすらに鍛え上げ続けたその肉体は、ジュードーとケンドーという技でそれぞれサンダンという肩書を持っていて、ヒトに教えられる域に達していたのだ。


 相手は青年が目をかけていた生徒の一人。青年はいつものように、他の生徒達の前で対戦相手に投げ技をかけた。


 ただ、ここで三つの誤算が起きる。


 一つは青年が相手の力量を見極め過ぎていた事。生徒がきちんと受けられて、尚且つ経験になるようギリギリの鋭さで投げ技をかけた事。


 二つ目は対戦相手の体調。本人は意識していなかったが、風邪をひいて体調を崩していた事。


 三つめは対戦相手の心情。近くに大会を控え、両親からの期待に応えようと精神をやや擦り減らしていた事。


 一つ一つは僅かな誤算。しかしそれが三つも重なれば結果は明白。


 ブオン……ズダァン! ゴキッ!


 生徒は受け身に失敗し、その肩を強かに打ち付け…………骨折した。


 その世界には回復魔法は無いらしく、折れた骨が治るまで時間がかかるため当然大会は断念。


 


 それだけなら、まだそれだけなら罪の意識こそあれ、青年は責任感から教師を続けただろう。他の生徒も、同僚も、怪我をした本人でさえ、彼を知る者はこぞってあれは不幸な事故だったと青年を責めなかった。


 だが、怪我をした生徒の家族はそうではなかった。彼らは青年を糾弾し、尚且つその学び舎の有力な出資者だった事が事態を悪化させた。


 一度動き出した流れは止められない。いくら擁護する者が居ようと、それを超えて責める者が居れば意味はない。


 紆余曲折の末……青年は教師を辞める事となった。そして、事故とはいえ不祥事で辞めさせられた者を雇う学び舎はない。


 自分を守ってくれた者を目の前で失い、代わりに自分が守ろうとした者を自分の手で傷つけ、それまでの人生をかけて目指した職も就けなくなった。


 後に残ったのは、自分を許す事も誰かに償う事も出来なくなり、夢も希望も生き甲斐もなくした男。


 ただ死んでも意味がないからと惰性で生き、時折お節介焼きの古い友人に趣味でも探せと押し付けられた書物を読んでみたり、食料を買う行きつけの店の店長にここで働かないかと誘われたり、或いは昔の教え子に出来る限りで相談に乗ったりはしても……誰かに依頼されてそれを全うしようという動きは見せても。


 それでも、何かしようという意思の燃え尽きた隠者。




 目の前でもう子供が死ぬのを見過ごせないだけの、ただの燃え滓の男。それが、灰谷開斗の心の闇であり、人生だった。





 全てを見終わり、意識を取り戻したカイトをわたしは同類を見る目で見つめた。


 目の前で自分を守った家族を失い、死んでいった者の為に成すべき事を成そうとする者。復讐者と教師ではまるで方向性が違うけれど、その点だけは間違いなく同じだと思った。


 そして、ジャニスと超越者の一触即発の状況を鎮め、ここを出ようとしたカイトとふと目が合って、



「俺を、もうしばらくアナに付き添わせてください。子供が目の前で死ぬ事になるのを見過ごすわけにはいきませんから」



 カイトがそう言ってこの場に留まると宣言した時、わたしは本当に驚いたのだ。



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