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燃え滓の男、“憤怒の狼”を発見する


「ここは……さっきの記憶で視た場所か?」

『どうやらそうみたいですね』


 空から深々と降る雪。崩れ落ちた家々。そして……あちらこちらに倒れ伏す人型のナニカ。


 俺が覚悟を決めてナニカを確認すると、それは黒い炭か靄のような存在だった。それは俺が触れた瞬間、ぶわりと世界に溶けるように消え去る。


『いくら精神世界とは言え、見知ったヒトのご遺体の再現はアナちゃんが無意識の内に避けたんでしょうねぇ。こんな所に長居は無用です。早い所…………へっくちっ!?』


 そこでヒヨリは大きなくしゃみをして身体を震わせる。こんな雪と風が吹きすさぶ中ではそりゃ寒いだろう。すると、


『こんなに寒いとは聞いてませんでしたっ!? ちょっと失礼っ!?』

「おいおいっ!?」


 ヒヨリは俺の懐に無理やり潜り込むと、顔だけ出して辺りをきょろきょろ見渡す。


『ふぃ~。温まりますねぇ。でもこのままでは開斗様も凍えてしまいます。早く元凶を見つけなくては』

「ああ。しかしどこを探したものか」


 目標である“憤怒の狼”。どうにかする方法自体はジャニス様が渡してくれた物でなんとなく分かるのだが、肝心の相手はいったいどこに、



 ドスッ! ドゴッ!


 ワオオオォン!



 音を吸収する筈の雪景色の中で、どこからか何か大きな物が叩きつけられるような音と、狼の遠吠えが聞こえてきた。力強く空気が震え、どさどさと近くの家に積もった雪が落ちる。


『……探す手間が省けたみたいですね』

「ああ。あっちだっ!」


 俺はその音が聞こえてきた方向に走り出す。ざっざっと雪と土を踏みしめ、白く染まる息を吐きながら進むことしばらく。


「……何だあれは?」


 俺は見えてきた予想外の光景に、思わずそんな声を漏らしていた。そこに居たのは、




「……ぁ……アァ…………」


“怒れ。もっとだ。もっと深く怒れ! お前の大切な者共を踏みにじったモノに。理不尽な今にっ! 世界への圧制を強いる神族にっ! 痛みを、憎悪を、悲嘆を、怨讐を、自らに刻まれたそれらを、怒りと共に燃やし叩きつけろっ! ……神族、滅ぶべしっ!”。


 グルルルルっ! グワゥっ!




 虚ろな瞳で声にならない声を上げて佇む今より少し幼いアナ。そしてその身体に黒い経路パスで繋がり怒りと怨嗟の念を囁き続けると、それに相対する黒い狼の姿があった。





 ◇◆◇◆◇◆


 “ぬううんっ!”。


 靄の巨人は拳を黒狼に向け振り下ろす。黒狼は小さく鳴いて素早く飛びずさるが、拳は凄まじい勢いで大地を叩いた。


 ズズーンっ!


 その威力は衝撃波となって伝わり、黒狼の代わりに傍にあった誰かの亡骸を粉砕。更に近くの家を倒壊させ盛大な砂埃が宙を舞う。そこを、


 ヴォウっ!


 砂埃が目隠しとなった一瞬の隙を狙い黒狼が巨人に肉薄。巨人からアナと繋がっている幾本もの黒い線を爪で引き裂かんとする。だが、


 ザンザンっ!


 本体と同じ黒い靄と思いきや、予想以上に線は頑丈で切れたのは一本だけ。他の線は健在であり、巨人はそれを嫌がってか握り潰さんとその巨腕を伸ばす。


 黒狼は先ほどと同じく軽いステップでその身を翻そうとして、



「……あぁ……イヤ……来ないでっ!?」 



 。幼い少女が虚ろな瞳で怯える声を。


 その一瞬、あれだけ軽やかだった黒狼の動きは鈍くなり、


 ガシッ!


“捕らえたぞ。手こずらせおって”。


 剛腕が黒狼を捉えた。黒狼は拳に牙を立て逃れようとするが、強く締め上げられ苦悶の声を上げる。


“何故分からぬ? 我らの目的は神族を滅ぼし世界をあるべき姿に帰す事。その為には力が必要なのだ”。


 巨人は黒狼を掴んだまま、その声に滲んだ怨嗟を隠そうともせず話しかける。


“宿主が力を求めるなら、我らはただそれを促せば良い。より強い怒りと憎悪へ導けば良い。宿主など所詮我らを育てるための養分よ。カラカラに枯れ果てたのなら次へ移れば良い。それを何故わざわざ宿主を生かそうなどと無駄な事を”。

『……ふん。だから貴様は気に入らんのだ。この残留思念風情が』

“なんだと?”。


 突如、巨人の言葉になんと黒狼が口を利いた。


『俺のこの怒りも、憎悪も、怨讐も、全て俺だけの物だ。宿主の物ではない。そして宿主の怒りもまた宿主だけの物だ。俺の物ではない。ましてやただ宿主となっただけの誰かに託すような物では断じてないっ!』

“黙れ”。

『ぐぅっ!?』


 巨人は腹立ちまぎれに黒狼を投げ飛ばし、黒狼は雪と地面を削りながら近くの倒壊しかけた家に叩きつけられる。


 それは常人なら骨が粉々になる一撃。実際黒狼も内蔵を痛めたのか口から血反吐を吐く。だが、


『ごふっ…………黙らんっ!』


 見るからに満身創痍。口から血を滴らせ、黒の毛並みは見るも無残になり、後ろ足も片方ふらついている。だが、その瞳は一切力を失わず爛々と輝いていた。


『ヒトがヒトとしてあるための物。ヒトがヒトであるが故に切り捨てられない業。自らを焼き尽くさんと燃え盛りながらも、ヒトがどうしようもない理不尽に抗うため必要な物。それこそが怒りだっ! それを他者に押し付け、増幅させ、程よく育ったら宿主ごと食い尽くして次へと移る。しかも年端もいかぬ幼子にだ。そんなシステム俺は全く気に入らんっ! ……よく聞け我が宿主よっ!』


 黒狼は吠える。言葉に切なる願いと燃え盛る怒りを乗せて吠えるっ!


! お前だけのものだっ! 他の怒りに塗り潰されるな。偶然とはいえ俺の宿主になった者が、そんな腑抜けた傀儡に成り下がるなっ!』

“もう良い。所詮お前は力を制御するだけの主人格。“憤怒の狼”には最初から不要な機能よ。憤怒とは暴力。制御する必要のない力。お前をここで粉砕し、この宿主の怒りを喰らい尽くしてくれよう”。


 ズシン。ズシン。


 靄の巨人は黒狼にトドメを刺すべく歩みを進め、ふらつく黒狼の目の前に立って剛腕を振り上げる。あとはこの回避すら難しい黒狼に対し拳を振り下ろせば、それだけで終わるだろう。


“さらばだ。主人格。潰れて消えるが良いっ!”。


 ブオンと拳が勢いよく振り下ろされ、



 ズバンっ!



“……なっ!?”。


 黒狼に直撃する直前、妙な音と違和感を感じて巨人は慌てて振り返る。そこには、



『あ~。お取込み中でしたかね? こっちの事は良いのでどうぞ喧嘩を続けてくださいな!』

「アナっ! しっかりするんだアナっ!」



 巨人との繋がりを少しずつ断ちながら、虚ろな目のアナに対して呼びかける開斗達の姿があった。



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