「はああっ! アナっ! 目を覚ませっ!」
ザンっ!
一振り。そしてまた一振り。俺がアナに呼びかけながら
(しかし、些か趣味が悪過ぎやしないだろうかこれは)
ジャニス様に渡された対“憤怒の狼”用の道具。最初は妖しげな光の玉だったそれは、禍々しい雰囲気を醸し出す直剣へと姿を変えていた。
しかも切っ先がなく突きの機能を一切捨てたそれは、俗に言う
だが用途はともあれその切れ味は本物。狼が苦戦していた経路を易々切り裂いていく。しかし未だアナが目覚める様子はない。
“お、お前何をぉっ!?”。
『おおっと邪魔させませんよっ! 久々登場ヒヨリさんフラッシュっ!』
カッ!
襲い掛かってきた靄の巨人に対し、飛び出したヒヨリが全身から閃光を放って妨害。少しでも目くらましになればと思っていたのだが、
“うぐおおおっ!?”。
『あれっ!? 予想以上に効いてますね? ……はは~ん!
大げさに目を抑えて苦しむ巨人に対し、ヒヨリはにま~っと悪い笑みを浮かべますます光を浴びせかける。よく見れば本当に光が嫌なようで、その靄の表面が光で散らされているのが分かった。
『さあ開斗様っ! 今の内ですっ! ……ところで今更なんですけど、
首だけ傾けてこちらに確認するヒヨリに対し、俺は力強く頷く。
今回の目的は、アナの中の“憤怒の狼”の力を弱め抑え込む事だ。そして靄の巨人と黒狼が戦っているのを見つけたのがつい先ほどの事。
最初は“憤怒の狼”という名前から狼をどうにかすれば良いと考えていたが、戦いを見守っている内に互いの言葉から大体の察しはついてくる。つまり、
「ああ。どう考えてもあちらの
ザンっ!
再び剣を振るうと、また巨人とアナの経路の一つが断ち切れた。残る経路は太い物と細い物が一つずつ。よし。この調子で、
ビーっ! ビーっ!
“ふ、ふざけるなぁっ!?”
『おわっ!? 開斗様っ!?』
それは危険を知らせる予言システムの警告音。その一瞬後に巨人が、目の眩んだまま両腕をがむしゃらに振り回してこちらに突撃してきた。
「危ないっ!?」
俺が咄嗟にアナを抱えて横っ飛びし、ヒヨリが上空へ逃れると、一瞬後に巨人が猛烈な勢いで近くの家に激突。家はまるで積木細工のように簡単に倒壊する。
(なんて奴だ。力だけなら以前戦ったホブゴブリン以上だ。……それよりも)
「止めろっ!? 邪魔なのは俺達だけだろうっ!? そんな戦い方ではアナを巻き込むぞっ!?」
“宿主を、返せぇぇっ!?”。
俺はアナを抱えながら巨人に呼びかけるが、巨人は今もヒヨリの閃光に焼かれながらも狂乱して暴れまわるのみ。
再び経路を断とうと剣を振り上げるも、巨人は目が見えないのに関わらず身体ごとこちらに突っ込んでくる。……そうか。目は見えずとも繋がっているアナの居場所は分かるのか。
『マッズイですねぇ。あれどうみても暴走してません? 肝心のアナちゃんに危害が及ぶかもしれないやり方を取るんじゃ本末転倒ですよっ!?』
「ああ。ここは一刻も早く経路を……くっ!?」
再びの突進に俺はまたアナを抱えて回避行動をとる。どうする? こうなってはヒヨリの目くらましも意味はない。強い光で靄の表面を焼く事は出来るだろうが、それも大した時間稼ぎにはならないだろう。
俺はどうしたものかと頭を悩ませ、
ワオオオォン!
突如、凄まじい咆哮が響き渡る。次の瞬間、
ダッダッダッ……ガブゥっ!
黒狼が満身創痍の肉体をものともせず、その牙を巨人の首に突き立てた。巨人の首筋から血飛沫のように靄が噴き出し世界に散っていく。
“ぬうっ!? この……元主人格の分際でぇっ!?”。
巨人は怒りのままに黒狼を掴み上げようとするが、黒狼はひらりと身を躱しながらその牙を放さない。
『今だっ!』
「はああっ!」
ザンっ!
突然頭の中に響く声に従い、俺は再び直剣を勢いよく振るってまた一つ経路を断ち切る。これで残るは太い経路一つのみ。
“ぬああああっ!?”。
巨人が苦しみもがく中、流石にこれ以上は難しいかと黒狼は牙を放して雪の上に降り立つ。離れ際の駄賃とばかりに巨人の顔面に鋭い爪撃を浴びせながら。
『ひゅう~! やりますねぇ! ……ところでアナタ、“憤怒の狼”だったりします? だとしたらこっちはアナタとも一戦交えなければならないのですが?』
『そうだ。俺が怒りを捨てられない以上その肩書を偽るつもりはない』
空から俺の肩に降り立って尋ねるヒヨリに対し、黒狼はまだ少しふらつきながらも巨人に向けて唸り声をあげながら肯定する。
『かかってくるなら好きにするが良い。だが、今は奴と宿主との繋がりを断つ事の方が先だと思うがな。お互いに』
「ああ。……その通りだ」
アナが声かけで目覚めない以上、もう巨人との繋がりを完全に断つぐらいしか手はない。
俺は直剣を正眼に構え、ヒヨリと黒狼と並び立って巨人に向かい合う。
さあ。巨人退治だ。…………勝てればの話だが。