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閑話 一方その頃 闇の女神は


 ◇◆◇◆◇◆


『ふ~ん…………そうだったのね』


 死んだように横たわるアナ、そしてそれに寄り添うように眠るの傍らで、ジャニスは静かに呟いた。


 なんという事はない。ここにある開斗の身体は抜け殻だ。


 身体ごとアナの精神世界に飛び込む演出こそしたが、ヒトが生身のまま他者の精神世界に入れる筈もない。当然入ったのは開斗の精神だけで肉体はここに置き去り。本性はともかくボディはこの世界準拠のヒヨリも同様だ。


 ジャニスはこことアナの精神世界の繋がりを維持しながら、開斗達の状況を鏡のような闇越しに見守っていた。


『まさか“憤怒の狼”の成長にアナの肉体が付いていけないのではなく、スキル自体に問題が起きていたなんてね。道理で当初の推測よりアナの消耗が激しい筈よ』


 ほぅと悩まし気なため息をつきながら、ジャニスはどこからか火の付いた煙管を取り出して一服する。


 宿


 これはスキル自身に自我があり、宿主との関係も一種の契約関係に近いからだ。自身の成長と維持の為に必要な力を宿主から少しずつ吸収し、宿主からの呼びかけがあった時更に代価を支払う事でその力を振るう。


 そして最終的に宿主の許容限界を超えるまでに成長し、その肉体と精神を食い尽くしてまた別の宿主へと移り、最終的に神族へ仇為す獣として世界に顕現する。


 それこそが大罪スキル。


 だがジャニスは……というより神族達の総意として、大罪スキルを滅ぼそうとは考えていなかった。自分達に害を成せる数少ない内の一つではあるが、これもまた世界全体の中で必要な物だったからだ。


 特に“憤怒の狼”は、宿主の怒りや憎悪といった強烈な感情を喰らう特性上成長が早く、常時宿主を蝕み制御が難しい部類ではあるが、これはジャニスも知っていたしアナも受け入れていた。だが、


『宿主の意思に呼応して振るう力の対価ではなく、己を維持するための供物でもなく、単に自分が手っ取り早く成長するためだけの徴収。これはいけないわねぇ』


 復讐の為に燃え尽きるならそれも良い。復讐を無事完遂するなら尚良い。少なくともジャニスはそう思っていたし、そのために心身を削るアナに好感も持っていた。


 なので今回の憤怒の狼のシステム外の暴走には思うところもあり、それを解決しようと今も奮戦する開斗もまたジャニスにとってはお気に入りの範疇に入っていた。つまり、



『それはそうと……今の内に少し細工をしておくとしましょうか』



 


 それも自分好みに心の闇を抱えて壊れたヒトで、別のお気に入りアナとの関係も悪くない。このままアナの体調を管理させるも、適度に関係を壊してその様子を楽しむも、どちらに転んでも面白い。


 なので面倒な超越者も向こうに行っているのをこれ幸いと、ジャニスは開斗にちょっとした細工を施すべく、歪んだ笑みを浮かべながら自らの闇を少しだけそちらに伸ばし、


 コンコンコン。キイィっ!


 突如としてノックの音が響き、開いた部屋の扉を横目でちらりと見る。その先に居たのは、


『……仮宿とはいえ神域に断りもなく踏み込むだなんて、身の程知らずが居たものね』

「これは失礼いたしました。ですがここ数日探し回り、やっと見つけたそこで眠る男と白い獣は友人に頼まれたでして。非礼は承知の上で連れ帰らせていただきたく」


 そう言って神族相手に不敵に笑う、チーム『』のリーダー。ミアであった。


『アナタは……そういえば居たわね。このヒトの護衛が』

「神族様に覚えていただけるとは光栄ですね」


 ジャニスは珍しくほんの少しの困惑を覚えつつ、目の前で仰々しく首を垂れる闖入者を見据える。


 ミアの容姿は珍しくジャニスの頭の片隅にあった。それは勇者をお披露目する式典の前、突如現れたイレギュラーの開斗とヒヨリを監視している時、いつの間にか開斗に合流していた数名の護衛の一人としてだ。


(ここがどうしてばれたのかは不明。だけど最低限、ここに入ってこれるだけの実力はあるようね)


 無論神族であるジャニスとの実力差は天と地ほど。その気になればそれこそ埃でも払うように消し飛ばす事は容易だ。それでも、今この状況だけはいただけない。


『困ったわねぇ。今は少し手が離せないの。なので……?』


 眠っている開斗達に行かないよう注意しながら、ジャニスはその言葉に圧を込めてミアに叩きつける。常人なら一も二もなく従う強制力のそれを受け、


「お断りします」

『……へぇ~』


 事もなく首を横に振るミアにジャニスが目を細めると、ミアはどこかいたずら気味な笑みを浮かべる。


「勿論普通なら神族様のお言葉に逆らえる道理はありません。多少は意志の力で耐えられても、ここまで平然としているのはまずありえない。……ですが、話は別です」

『別の神族……それって!』

『そう。つまりオレの事だな』


 その言葉にジャニスが思い当たった瞬間、コツコツと音を立ててもう一人……いや、もう一柱が部屋に入ってくる。それこそが、



『ククッ! よおジャニス! デート試合の日取りにはちと早いが、ちょいとあれこれめかし込んで準備しているツラを見に来たぜ。あとそこで寝てる奴らの回収にな』

『ブライト!』



 気楽に指を立てて乗り込んできた愛しい男ブライトを、ジャニスは満面の笑みで出迎えた。


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