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燃え滓の男 詰めを誤る


 俺とヒヨリ、そして黒狼と巨人の戦いは熾烈を極めていた。


『行きますよ~っ! ヒヨリさんフラッシュっ!』


 ヒヨリの掛け声と共に閃光が周囲を照らすが、巨人は咄嗟に顔を腕で覆って目が眩むのを回避する。無論光は靄の表面を焼くがそれも致命打にはならない。


“ぐおおおっ!? 何度も同じ手が通じると”。

『思いませんとも。……今ですオオカミさんっ!』


 だがそれは当然織り込み済み。俺の影に隠れて光を避けていた黒狼が、合図と共に疾風の如く飛び出して巨人に飛び掛かる。


“ぐっ!? おのれえぇっ!?”。

『ふっ。やはり我が怒り纏いし爪牙でもその身体を削り切るのは骨が折れるか。だがな……ここにはもう一人お前の天敵がいるぞ』

「はあああっ…………どおおおうっ!」


 タタタタッ……ザンっ!


“があああっ!? クソがああっ!?”。


 黒狼に気を取られて巨人の集中が途切れた瞬間、俺はすれ違うように横を走り抜けつつ胴打ちの要領で切り込んだ。


 罪人の首を落とす為の直剣は易々と脇腹を切り裂き、巨人は傷口から血の代わりに黒い靄を噴出させながら怨嗟の声を上げて剛腕を振るうが、俺はとっくにそこから離れて残心を崩さない。


 俺がこうしてまがりなりにも戦えているのは、頼りになる一匹と一頭のサポートがある事。そして事が挙げられる。


 以前戦ったホブゴブリンもそうだが、相手が巨大であってもヒト型である以上大まかな動きの型は予測できるのだ。


 例えば相手を殴るという一動作にも、腕を引き、力を込め、肩から腕にかけて伸ばしていき、拳を当てるというそれぞれの工程がある。それだけ予兆があって、尚且つ相手が興奮して動きが大雑把になっているのなら予測出来て当然。ここは伊達に柔道と剣道を齧っていない。


 後は相手の視線と合わせて狙いさえ分かれば、致命の一撃を躱しつつ一撃を当てれば良い。さらに言えば相手が人間なら傷つけるのは倫理的に躊躇うが、巨人はどう見ても人間ではない。おまけに子供ごとこちらを襲う暴漢だと考えれば手加減する理由もない。


 最後に敢えて付け加えるなら、この趣味の悪い直剣自体が巨人に良く効く業物だという事。それは黒狼の鋭い爪や牙よりも、これで切り込んだ方が巨人のダメージが大きい事から分かる。流石は怪しいとはいえ女神の贈り物だ。


『もうちょいって所ですかね開斗様。正直こちらもきついのですが、このまま行けば何とかなりそうです』


 ヒヨリが少し疲れた声で冷静に現状を分析する。


 実際俺もヒヨリも黒狼も疲労困憊だ。ヒヨリの放つ閃光は光量がはっきり落ちているし、黒狼もまた脚がふらついている。俺も必死に息を整えているがそれでも息は荒い。


 だが手応えがあるのも事実。巨人の方も弱っていて、少し離れた家の陰に寝かせているアナとの経路もあと一本。一番太い物だが少しずつ切り裂いているためあちこちぼろぼろだ。


『降参しろとは言わん。もうここまで来ては俺とお前。どちらかが一度消えるしかあるまいよ』

“ぐっ…………ぐぬぬっ”。


 黒狼の語り掛けに、巨人もどこか悔しそうに唸り声をあげる。


 このまま行けば多分何とかなる。そんな楽観的な事を考えるくらいに全ては上手く進んでいて。




 




“…………ククク。クカカカカっ! それで追い詰めたつもりかぁ?”


 何がおかしい? いや、何かがおかしい。


 突然哄笑を上げる巨人に対して一瞬疑問を持つ俺だったが、その時気づけば良かったのだ。


 少し離れた所に寝かせていたアナが、虚ろな瞳のままむくりと起き上がって歩き出した事に。そして、


「…………アナ?」

“さあ宿主よ。今こそ号令を。溜まり溜まったお前の憤怒を、憎悪をっ! 今ここでぶちまけよっ!”

「……あ、ああああああアアアァァっ!?」


 ドクンっ!


 はっきりと周囲に響く鼓動と共に、アナから経路を伝って巨人に目に見えない何かが流れ込み、



『……はっ!? いけない。開斗様っ!?』

『まとめて吹き飛べっ! “憤怒の衝撃ラースインパクト”っ!』



 ヒヨリが何かに気づいて叫ぶのと、巨人を中心に何かが放たれるのと、俺が咄嗟にアナを庇うのはほぼ同時。次の瞬間、


 ドオオオンっ!


 何かが爆発したような音と共に俺の身体を凄まじい衝撃が遅い、抱え込んで庇っていたアナごと宙に浮いたかと思いきや、ぐるぐる回りながらしたたかにどこか固い場所に身体を打ち付けた。


「がはっ!?」


 痛みに肺から空気が押し出され呼吸が漏れる。続けてガラガラと何かが崩れ落ちる音が響き、俺の身体に細かな粉塵が降りかかる。おそらくどこかの壁に激突して、そのショックで壁が崩れたのだろう。


 体感で数秒、或いはもっとかもしれないが、俺は激痛を我慢しながら粉塵が収まった頃合いでそっと目を開けた。


 目の前にあるのは再び気を失ったアナの姿。目に見える外傷がなくてほっとしながら何があったのかと周囲を見渡して、


「…………これは」



 



 まだかろうじて形を保っていた廃屋も、津々と降りしきって地を覆っていた雪も、僅かに燃え続けていた残火もどれも跡形もなく、あるのはむき出しの地面だけ。


 まるで凄まじい力で根こそぎ吹き飛ばされたかのように、一切合切消し飛ばされていた。


 呆然とする俺だったが、それでも頭の片隅で必死に今の状況について考える。


(何があった? いや、あの巨人がアナの力を無理やり吸い上げてこの惨状を起こしたのはまず間違いない。それよりもまずヒヨリやあの黒狼はっ!? いや違う。そもそもこんな一撃を至近距離で受けた俺やアナが何で五体満足無事で済んで)


 そこで俺がぶつかった壁を振り返れば、その方面だけまだ形が残っていた。まるでこちらの方向だけ、ように。


 ドサッ。


 何かが、地面に落ちる音がした。


 俺はアナを一度その場に下ろし、そちらに向けて歩き出す。


 ザッ。ザッ。


 足取りの重さが疲れと痛みのせいだけではないとは分かっていた。そこに在るモノを、認めたくなかったからだ。


 でも、俺は向き合わなくてはならない。。何故なら、




『…………あぁ。無事で……良かった。お怪我はありませんか? 開斗様。……アナちゃんは?』

「ああ。アナも無事だ。……助けてくれてありがとうな。ヒヨリ」

『そう……でしたか。ハハ…………なら、こうして身体を張った甲斐も、あったというものです』




 その白く柔らかな全身を酷い火傷と裂傷が覆い、見るも無残な姿で地に倒れ伏すヒヨリは、そう言って力なく微笑んだ。


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