ビーっ! ビーっ!
“おおおおっ!”
響く警告音から一拍遅れて巨人が振り下ろす剛腕を、俺は軽くトンっと敢えて懐に飛び込む形で易々と避ける。そのまま剣で切り上げると、まるで筋肉がないかのようにスッと剣は巨人の胸板を切り裂いた。
ビーっ! ビーっ!
“ぐおっ!? おのれぇっ!”
そこで巨人が反射的に繰り出したのは、俗にヤクザキックと呼ばれる蹴り。本来なら中段向けの一撃だが、俺と巨人の体格差から顔面を狙う形になるそれを、
「……ふっ」
俺は小さな呼気を漏らしつつ咄嗟にしゃがみこんで躱し、そのまま残る軸足を刈り取るように足払いをかけた。
“むっ……おおおっ!?”
いくら巨体でも支える足を、しかも蹴り技を放ってバランスを崩した状態で狙われたら脆いもの。巨人が無様に倒れ込む所を、俺は油断なく残心しながら見据えていた。
(思った以上にどうにか戦えているか。不思議な物だ)
正直な所、絶対の勝算があったわけではない。
いくらヒヨリの見立て通り巨人が消耗していて、加えて動きの型や予言システムの警告音による動き出すタイミングが読めるとしても、それでも一撃一撃の重さは尋常じゃない。大地を殴れば重機のような音がするし、風切り音だけでも凄まじい。
傍からすれば一方的に押しているように見えるかもしれないが、それは詰まる所
どう考えてもヒヨリの言う通り素直に逃げた方が良い、だというのに、
「立てよ。この程度で終わるとは思っていない。お前も……俺もな」
そんな言葉が口から出る程度には、俺の内側で怒りが燃えていた。
俺にとってヒヨリは恩人だった。勿論向こうには向こうの思惑があったろうが、死にかけの俺に依頼をして助かるチャンスをくれた。
この世界に来てからのまだ短い付き合いではあるが、それでも毎日顔を突き合わせて話していれば多少は分かる事もある。ヒヨリの根本は俺が見る限り善だ。
超越者なる人外なので、当然人と価値観は違う。勇者の為に暗躍をした事もあったし、まだ俺に隠し事をしている風でもある。
それでも、俺に対しては誠実だった。時折揶揄ったりどこか試すような態度をとるが、少なくとも誠実であろうとはしていたし、人に歩み寄って行動しようともしていた。それが善でなくて何だというのか。
そして、ヒヨリに俺はちょっとした友情のような物も感じていた。ヒヨリからはただのビジネスパートナーとしか思われていないかもしれないが、それでも向こうも友情に近い物を感じてくれれば良いと思えるほどに。
そんなヒヨリが俺を庇って死にかけている。今もアナの横で、いつ消えるかも分からない姿でそこに居る。そう考えるだけで、俺の内側で昏い炎が燃えるのだ。
(ああ。そうか。久しぶりに思い出したな。これが)
『そう。
そこで頭に響いたのは、先ほど消えた筈の黒狼の声。
『開斗とかいう男よ。それが俺と奴の原点にして、我が宿主が向き合い続けたモノ。ヒトの内に眠り、ふとした弾みに燃え盛る力にして業なのだ』
何故こんな声が聞こえてきたのかは分からない。だが、間違いなく感じるのは友人を傷つけた者への怒り。そして、そうさせてしまった
すっかり燃え滓だと思っていた自分の心にこんな物が残っていたのだと驚きながらも、こんな感情をずっと溜め込み続けていたアナを助けるべく、目の前の巨人に向けて剣を構え直す。
“どうなっている? どうなっているのだお前はっ!? こんな筈は……この私が、この真なる“憤怒の狼”たる私がただのヒトに押される筈が…………クソがああっ!?”
巨人はそんな事を喚きながら立ち上がり、大きく両腕を上へ振り上げ力を溜める。身体から熱気が立ち上り、降りしきる雪が当たる前に水へ変わっていく。
“もはやこれまで。ならせめてこの宿主の世界ごと、私を虚仮にした貴様を破壊してくれるっ!”
そう言って巨人が放とうとするのは、先ほどと同じ『憤怒の衝撃』。
半ば自爆のような形でこれが放たれれば、もうヒヨリが防いでくれることもなく、確かにこの世界に修復不可能な亀裂が入ってしまうかもしれない。なので、
「もうそれは使わせない。……今だっ!」
ガブゥっ!
“ぬがああっ!? な、なにいいィっ!?”
ずっと
“貴様そんな所に……だが何故だっ!? そんな力私達“憤怒の狼”にはないっ!?”
『ああ。俺も初めて使った。なるほど影に潜るとはこういう具合かと少し感心している』
“だから何故そんな力があるのかと……まさかっ!?”
巨人はハッとしてある方向を見る。それは俺の
「そう。これはわたしに以前ジャニスがくれた力。影に潜り闇に揺蕩う技。もうわたしとの繋がりの断たれたお前には出来ないだろうけど」
“や……宿主っ!?”
そこには幼い姿でなく、現在のやや成長した姿に戻った“憤怒の狼”の主。アナが鋭い視線を巨人に浴びせつつ立っていた。