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燃え滓の男 精神世界より帰還する


「手応え、あった」


“あが…………があぁぁっ”。


 両断された巨人は、文字通り霧散し世界へと散っていく。それを確認して俺は大きく息を吐き、そのままどっと疲れて膝を突く。


「カイトっ!? 大丈夫?」

「はぁ…………ああ。大丈夫さ。ただ大分疲れたよ」


 駆け寄ってくるアナにそう笑って返していると、俺達の身体が少しずつ透け始めた。どうやら現実へ帰還するらしい。


「夢が覚めるのかな?」

「そうみたいだね。……そうだっ! ヒヨリはっ!?」


 俺は慌てて横たわるヒヨリを連れて行こうと振り向いて、


「…………そうか」



 姿



 俺はよろよろとその場に歩み寄り、さっきまでヒヨリが横たわっていた場所に触れる。冷たい雪が降りしきる中、そこだけは……ほんの少し温もりが残っていた。


「……バカ野郎。最後の最後の最後まで、俺を助けて消えるんじゃない。礼くらい……言わせてくれても良いだろう? これじゃあどうやって恩を返せば良いんだよ」


 俺はぎゅっと拳を握り、涙ぐむのを我慢して唇を噛みしめる事数秒。ここでこうしている訳にもいかないと立ち上がる。そして静かに帰還を迎えようという時、


『行くのか?』


 どこか落ち着いた口ぶりで、そっと黒狼がこちらに声をかけてきた。


「ああ。さっきはありがとう。助かった」

『礼を言うのはこちらだ。我が片割れの暴走。本来なら制御役の俺が止めるべきものだった。感謝する』


 小さく頭を下げる黒狼に、俺はふとこれからお前はどうするのかと尋ねる。すると、アナが横から割り込んできた。


「どうもしない。これはこれからもわたしの中に居る」

「えっ!? 大丈夫なのかそれは?」

憤怒の狼の在り方は変わらない。宿主の憤怒を喰らいて成長し、いずれ許容限界を迎えて内側から心身を食い破るだろう』


 どう考えても大丈夫ではないその発言に、俺はアナに視線でどうするのか問う。すると、


「なら、。……手伝ってくれる?」


 そう上目遣いに頼まれてはトレーナーとしては断れない。


 俺が勿論と頷く中、どんどん身体の透けは強くなり、それと共に意識が遠くなっていき、





『おはよう。よく眠れたかしら?』


 気が付けば俺はアナの部屋の床で横になっていた。起きぬけに女神の顔は刺激が強くていけない。勿論美人であるという意味とは別に危ないという意味もあるが。


 気になってちらりとベッドに目をやると、そこには穏やかに寝息を立てるアナの姿があった。


『何があったのかはおおよそ観測出来ていたわ。アナはまだ疲労からか目覚めていないけれど、これなら心配はないでしょう。それと……お疲れ様』

「……はい」


 あのジャニス様がこちらを気遣うとは、それだけ今の俺は酷い顔をしていたらしい。俺は無作法ながらも横たわったまま返事をする。


「すみません。細かな報告は明日にして、今日は早めに自室に戻って休ませていただきます。少し…………疲れました」


 ヒヨリは消えてしまったけれど、せめて墓くらいは作ってやれないものだろうか。形見になりそうな物はなかったかと思いを巡らせながら立ち上がろうとして、



『そうですよ開斗様っ! 今回はもう本当に本気で大変でしたからね! もうワタクシもクッタクタと言いますか、今日は甘~い果実酒でも優雅に嗜みつつ気持ち良くお休みしたい気持ちでいっぱいなんですけど?』

「…………えっ!?」



 普通に俺の隣で、だらけた様子で横たわるヒヨリの姿があった。ヒヨリは一瞬俺を見て不思議そうな顔をすると、はは~んと微妙に悪い顔をする。


『おやぁ? もしや開斗様。ワタクシが消えたのを死んだと早合点しましたか? これはこちらの説明が足りていませんでした。舞台が精神世界である以上、傷つくのは精神だけでこちら側のんですよこれが。それにほらっ! ワタクシの本体からすれば、この身体に収まる程度の精神体がダメージを受けてもそこまで被害はないっていうか…………開斗様?』

「…………ひ~よ~り~っ! そういう事は先に言えっ!?」

『ひゃわわわっ!? そ、そこを乱暴にわしゃわしゃするのは止めて~っ!?』


 俺はお仕置きの意味を込めてヒヨリの腹を乱暴に撫で擦ってやる。散々撫でさすってヒヨリが息も絶え絶えになった所で、


「ったく。………無事で良かった。本当に」

『えぇ。ご心配おかけしました。ですがこれがワタクシが開斗様が無茶する度に受けている感情でもありますからね。その辺り反省をお願いしますよ』


 そう揶揄うように語るヒヨリの頭を軽く撫でながら、俺は穏やかに微笑んだ。





 と、ここまでで今日は終われれば良かったのだが、そう簡単に行かないのが世の常で。


 パチパチパチ。


『いやあ中々面白い物を見せてもらったぜ。まさか成長途中とはいえ、大罪の獣相手にあそこまで大立ち回りをやってのけるたぁね。ついでに超越者の情けない格好もばっちり見られたし、オレ自ら出張ってきた甲斐があったねこりゃ』

「……ところで、何故ブライト様がこんな所に?」


 何故か普通に同席して満足げに笑っている神族ブライト様に、俺はおずおずと声をかけた。


『何でって事はないだろう? お前さんからの通信からここを割り出して、こうして様子を見に出張ってきてやったっていうのによ』

「ですがいくら何でも早すぎますよ」


 ヒヨリ手製の通信機で事前に状況を知らせたのは今日……正確に言えばもう夜中を過ぎているので昨日の事。


 予言システムでアナにも死亡の恐れがあったためしばらくここに残ると話した時は大笑いされたが、事が大体済む試合当日に迎えを寄越すからそれまで死ぬなと通達を受けたのを覚えている。


 だが、それでもまだ丸一日も経っていない。


『敵を騙すにはまず味方からって言葉があるだろ? 元々場所が分かり次第速攻で乗り込む予定だったんだ。まあ最悪お前さんの行動がジャニスに筒抜けだった場合の保険って奴よ』

『もう。ズルい。来るなら来ると知らせてくれればこちらももてなしの準備が出来たのに』

もてなしは勘弁だぜ。それにたまには追われる側じゃなく追う側に回らねえとな』

『まあ! ブライトったら……フフっ!』

『ははははっ!』


 そう言って火花をバチバチに散らしながら笑い合う二柱を横目で見ながら、俺とヒヨリはなるべく機嫌を損ねぬようそっと部屋を退出しようとして、


『おっと待ちな。疲れてんのは分かるがちょいとこっちも連絡事項って奴があってね』

『何ですか? 開斗様もワタクシももう思いっきり疲れてるんですけど』

『な~に。詳しい事は明日の話だが、今日は俺からたった少しだけ。十秒もかからない。……こいつを聞いて悶々としながら眠りに就いてもらおうか!』


 うんざりするようなヒヨリを前に、ブライト様はどこか愉悦の笑みを浮かべながらその言葉を口にした。それは、




『ライも大罪スキルが発現した。それもオレの想像以上の仕上がりでな! これは勇者対決の前に大罪同士の面白い試合が見れそうだ』




 ライの方もまた俺の知らないとんでもない事になっているという、頭の痛くなる連絡事項だった。


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