さて、レットがライに決闘を挑んだ事に、特別語るべき理由はない。
レットが王都のバース公爵の妾の子であり、バース家とブレイズ家に昔軽い因縁があった事も。
勇者の側役という立場で守り手に選ばれなかった事も。
ユーノに仄かだが好意を持っていた事も、理由の一つではあれど決定的ではない。
強いて
かつて無力さ故に亡くした大切な妹。それにどこか雰囲気が似ているユーノを守ると言うライが、どこか昔の自分を見るようで苛立たしかったから。
昔兄だった少年の八つ当たり。理由なんてそんな程度の事なのだ。
決闘の申請を勝手に受けたブライトだったが、こちらも大した理由はない。
勇者候補との試合を控えるライの丁度良い最終調整になると思ったのが一点。
レットも以前式典で、ジャニスからの圧に膝を突きながらも立ち上がろうとした事を評価したのが一点。
ほんの僅かにだが、式典の場でライを勇者の守り手に任命した事を、後悔はないが大義名分が足らなかったと思った事が一点。
とはいっても、まあそこそこ実力が近くて面白そうだと思ったのが一番の理由だったが。
『ルールはお前らが以前やり合ったってぇ時と同じ。相手をリング外に出すか降参させるか、俺がストップをかけるような強烈な一撃を与えた方の勝ち。勿論やり方は問わねぇ。……始めっ!』
そうして、簡単なルール説明と共に始まる勇者の守り手の座を賭けた決闘。
「うおおおおっ!」
「はああっ!」
剣も魔法も放たれる実戦さながらの戦いだったが、その内容はかつてのそれとは違う展開を見せていた。そう……ライの優勢という展開を。
(くっ!? こいつっ!? あれからそう経っていないんだぞ。それが何で……こんなっ!?)
以前式典でライの動きを見たレットだから分かるが、今のライは
スキルで肉体強化もせずにここまで強くなっている事に戸惑うレットだったが、それはライが子猫から受けた指導による
傲慢の獅子の力は極論すれば、体力や精神力を代価に己の理想の力、或いは動きを実現させるもの。
ライにとっての理想の動き。それはずばり父バイマンの剣技。そして体術においては開斗のそれだ。勿論相手によって細かな対応が求められるが、基本となった理想はその二つ。
ライは子猫の指導の下体力が尽きるまで傲慢の獅子を使い続け、倒れる度にユーノに治療してもらいまた訓練に臨むという虐待一歩手前の荒行を続けていた。
理想の動きを徹底的に自らに刻み、それに耐えられるよう身体そのものも鍛えられていく。言わば……危険ではあるが非常に訓練効率が良かったのだ。
(ちぃっ!? ならっ……“
真っ正直に相手の得手に付き合う事はない。なのでレットは自身の得意とする土属性の魔法でライを翻弄しようとした。
以前戦った時と同じく足元からせり上がる土壁。しかし前回とは違い、戦いながら静かにリングに仕掛けていた無詠唱の奇襲。
これには聖護騎士団員すら簡単に発動を察知されない自信がレットにはあったし、ぎりぎり気づいて避けるにせよライの体勢は間違いなく崩れる。そこを突く算段だった。仕留めきれずとも次の手として土壁を目くらましに使う想定もあった。だが、
『お~っと。慌て者の宿主さんは、一秒後に足元からぶっ飛ばされるかもよ?』
(誰が慌て者だよっ!? ふんっ!)
ライは発動の予兆を感じ取ったかのように、足元からせり上がる土壁を
「なっ!?」
土壁は中途半端にせり上がり、驚いたレットは一瞬動きを止める。だがその隙をライは見過ごさない。
「うるあああっ!」
土壁を足場にした大上段からの振り下ろし。奇しくも以前村でレットがライに叩き込んだのに近い形のそれは、
ガキーンっ!
咄嗟にレットが剣で受け止めるも……そこが限界だった。拮抗したのは数秒だけ。ライの勢いに負け、レットの手から鉄剣が弾き飛ばされる。
だがその勢いすら利用して距離を取ったレットも決して弱くはなかった。剣はなくともまだ手はあると、素早く魔力を練り上げ威力より速度重視の“土槍”を発動しようとし、
『おっと。右前方三歩先の足元。注意が足りてないにゃ~宿主さん』
(分かってるよっ!?)
「『土槍』っ!」
発動する前に分かったとしか思えない反応速度で土槍を躱し、そのまま土槍とすれ違うように自身に突っ込んでくるライを止める手段はもうレットにはなく、
「オレの……勝ちだ」
ガツンと強烈な痛打を肩口に受けて意識を失うレットの耳に聞こえてきたのは、どこか申し訳なさそうな声で言うライの勝利宣言だった。