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ある決闘の顛末


『……ってのが二人の決闘の顛末だ。中々見応えがあったぜ』

「そうだったのですか」


 語り終えたブライト様に、俺はそう返しながら静かに果実水を口にする。


 “憤怒の狼”騒動から一夜明け、再度来訪するブライト様が話すライ達の近況。それは俺の予想よりややこしい事になっているようだった。


『その後一悶着あったけどな。最初レットは悔しさと怒りと諸々で我を忘れそうになりながらも、一応勝敗に納得して「勇者ユーノ様を頼む」って頭を下げようとした。だが当のライときたら「これはオレだけの実力じゃない」って決着にグダグダ言い、そんな態度を見せられたレットは当然腹を立てるわな。「そんな半端な覚悟で、どの面下げて勇者の守り手を名乗るっ! 妹を守るなんてほざいてんだよっ!」って、取り繕っていた口調が荒れるぐらいにな』


 『危うく第二ラウンドが始まるかとひやひやしたぜ』と、笑いながら語るブライト様に呆れながら、その後どうなったのですか? と先を促す。


『決着自体は拍子抜けでな。ライが勇者候補との試合の後で、今度は“傲慢の獅子”に口出しさせず改めてレットと勝負するって言いだしたのさ。ついでに「お前こそふざけんなっ! 守りたい気持ちに勇者の守り手かどうかなんて関係ないだろうがっ!」って切り返してな。そりゃそうだ!』

『まあライ君ならそう言うでしょうね。それでレット君はどうなりましたかね?』


 俺の肩に留まってナッツを齧りながら尋ねるヒヨリに、ブライト様は『引き下がったさ。まあ側役なのは変わらねぇからちょくちょくユーノの傍でライとぶつかってるがな。ケンカ相手は大いに結構だ』とクツクツ笑いながら答えた。


「……一つお聞きしたいのですが、その“傲慢の獅子”というのは危険なのでは?」

。ガキの玩具じゃねぇ。ただ大罪スキルは知っての通りそれぞれ意思がある。そんで“傲慢の獅子”は、

『な~んか気に入られているのが良い事とは限らない感じですけどね。昨日の事を考えると』

『それでも気に入らねぇから今すぐ内側から食い尽くすよりかはマシだぜ。……とまあこんな所だ。そっちはどうなんだいジャニスよぉ』


 ブライト様がそう言いながらヒヨリのナッツを一つ掠め取って口に運ぶと、『それワタクシのですよ』と憤慨するヒヨリを見て嗤いながら、ジャニス様がワインをブライト様に注ぐ。


『さっきのアナを見れば分かるでしょう? 想定とは少しずれているけれど、アレはアレで悪くないわ』


 アナが目を覚ましたのは今朝の事。まだ疲労から横になっているが、その様子は精神世界での一件で少し変わっていた。


 瞳の奥のドロドロとした憎悪は鳴りを潜め、表情も僅かだが明るくなった。ヒヨリを見てもまだ微妙に態度は固いが敵意までは行っていない。ただ、


『憤怒は消えていない。ただ制御出来るようになっただけ。その証拠に


 今アナは半透明の黒狼こと“憤怒の狼”と一緒に居る。


 普通に黒狼が出てきた時は驚いたが、ジャニス様によると大罪の獣はそれぞれ現実世界にも姿を現せるという。


 ただ常人には見えず聞こえず触れもしないのでひとまず危険はないらしい。ちなみに俺が見えるのはヒヨリと繋がっている影響だとか。


『“憤怒の狼”との繋がりが消えていない。つまりそれだけの憤怒が残っているという事。見境いなく荒れ狂う炎ではなく、静かに深く心の奥底で復讐の時を待つほむらが。ならワタシはそれを伸ばす方向に計画を変えるだけよ』

「ジャニス様」

『ふふっ。分かっているわトレーナーさん。今はアナの調整は控えましょう。“憤怒の狼”はこうして顕現した事だし、体力さえ戻れば仕上がりは悪くないもの』


 俺が物申すと、ジャニス様はコロコロ笑いながら自分の席に座り直した。


 こうして互いの近況報告と腹の探り合いを兼ねた茶会が進んでいたのだが、そろそろお開きにするかとブライト様が立ち上がり、



『そろそろ帰るが、本当にお前らは来なくて良いのか?』

「はい。アナに付き添う約束ですから」

『ワタクシはそんな約束すっぽかしてもと申し上げたんですけどねぇ。開斗様ときたら頑固でして』



 俺とヒヨリがここに残る事は既に伝えてある。最終確認を断ると、ブライト様はちらりとジャニス様を見た。


『あらぁ? 心を弄ったりはしてないわよ。元々そういうヒトだったというだけ』

『そこは疑ってねぇよ。ただ超越者だけじゃなく予想より面白ぇ奴だったってだけだ。……じゃあな。を楽しみにしてるぜ』

「あっ! お待ちください」


 ここを去ろうとするブライト様に、俺は急いで用意した手紙を手渡す。


「こちらをライ達に。あまり無茶させないでいただけると」

『それを決めるのはアイツらさ。まあ神族を伝言役に使うその不敬は、面白い話を聞いて気分が良いから許そう。……じゃあな!』


 そう言ってブライト様はひらひらと手を振りながら去っていき、


 キイィっ!


「本当に、ここに残って良かったの?」

「ああ。約束したからね。それよりもう少し寝ていなさい。食事が出来たら呼びに行くから」

「……ありがと。カイト」


 後ろの扉の隙間から漏れる声。それになんでもないように答えると、扉は音もなくスッと閉じた。





『懐かれてますねぇ』

『本当にねぇ。……盗っちゃイヤよ?』

「単に疲れて弱気になってるから誰かに頼りたいだけですよ……多分」



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